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【三人閑談】
庭を愛でる

2019/05/24

「植物を育てる」という倫理観 

ライカーズ 今、またガーデニングが流行っているというのは、少子化だと言われている中でも、やはり何かを育てたいという、1つの表れなのではないかと私は思うんです。

イギリスの「ガーデニング」という言葉にはモラルの意識がとてもあると思うんです。これはキリスト教に通じるのかもしれないのですが、要は「植物を育てるような人はいい人。善良であり、地の塩みたいな人たちだ」と。

例えば文学にもそれが表れています。『指輪物語(The Lord of the Rings)』はフロドという人が主人公ですが、くじけそうになるフロドを最後まで助けたのがガーデナーで、自分の庭に戻り、「やれやれ、これで自分の庭に戻ってきた」というのが最後の場面です。私はそこにイギリス人の倫理観、庭との関係性を見たのです。

日野原 なるほど。

ライカーズ イギリスのようなところでは植物を育てることが大変だからこそ、倫理観が必要になるのだと思います。

江戸の庶民にはそういった倫理観はなく、ある意味、無邪気に花々を育てた。これは、やはり日本は自然が豊かで草花の品種も多いからだと感じます。

 昨年日本に戻り、植物の生長の勢いをすごく感じました。放っておくと森に返る地域というのは人の住んでいるところでは地球上で30%しかないらしいのですが、日本はそのうちの1つだということですね。家の庭をほったらかして自然の猛威を楽しんでいたのですけれど(笑)。

日野原 確かに日本では、江戸時代でも本当に雑貨を買うような感覚で、鉢植えを買っているという節が感じられます。イギリスの育てづらさとは違うでしょうね。

ライカーズ オランダは今でも盛んに花を輸出していますが、冬はとても寒い。だからこそ春が来て花が咲くことへの思いは、日本人以上に切実です。だから、花が輸出産業の重要な1つとして発展したのではないかと思うんです。日本はこれだけ品種がありながら、そこまでの思い入れはないように思うのです。

 園芸種として市場に出回るもので言うと、イギリスのマーケットのほうが豊富ですね。ガーデンセンターには豊富な植物があって、一般人が樹木なども買える。園芸・造園がダイナミックな産業になっているんですよね。日本は植物の在来種は多いのですが、あまり園芸市場が発達していないのかなと思います。

様々なガーデンの形

 今、イギリスで流行っている庭の1つに、エディブルガーデン(食べられる庭)というものがあります。ベジタブルガーデンのような、食と結び付いたガーデンもあります。

また、イギリスには戦争中からアロットメント・ガーデン(市民農園)という、住宅に囲まれた畑を耕して野菜をつくるという習慣があり、そこでもコミュニティが生まれます。多国籍社会にあって、人々の交流の場として機能しているのです。

日本も入管法が改正されて、今後もっと外国人が増えますし、高齢化社会も進んでいくと思います。これは多国籍社会ロンドンの知恵ですが、アロットメント・ガーデンやコミュニティガーデンで人々をつないでいく。植物と関わりながら、フェアな形でいろいろな人が関わりを持っていく空間があるのは、すごくいいことだなと思っています。

ライカーズ 香港は不動産が非常に高いのですが、ファッションビルとオフィスビルとが合体したような大きな建物の屋上に、去年、ベジタブルガーデンが造られて、テナントに勤めている従業員がその一部を耕して、ニンジンなどを育てられるようになっていました。

皆、狭い家に住んでいるので自分の庭は持てない。でも会社に行って、例えば上司と部下が、植物を一緒に育てることでコミュニケーションを図ることができるというのが、このビルのブランド強化になっているわけです。日本もそういう感じで何かできるといいですね。

 東京では唯一、ルーフガーデンが残されたフロンティアだと思います。ルーフガーデンは私も幾つか手掛けたのですが、軽量化された土など技術もかなり進んでいるので、これからルーフガーデンの可能性はどんどん広がっていくと思います。

日野原 今、新しくできている大きなビルやデパートですと、庭というほどではないにしても、上の階にちょっと植物を植えたりするところが増えてきていますね。ギンザシックスや東京ミッドタウン日比谷などもそうだったと思います。

ライカーズ また、日本にも最近、エディブルガーデンのようなものが、レストランの横などに結構できていますよね。そういう形で、食べるものを知るというところにも、植物との新しい関わり方を求めている時代なのかもしれませんね。

※所属・職名等は本誌発刊当時のものです。

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