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【三人閑談】
ポーランドと日本

2019/03/25

「日本祭り」での交流

山中 いや、関口さんのおっしゃることはよく分かるんですが、それはまさに先生だからこそ、そういう感じを持たれるのかなという気がするんですね。

外国の文化、芸術、学術といったものに対する理解は、専門家レベルと、それからいわゆる草の根の庶民の理解という違ったレイヤーがあると思うんです。

専門家については、私が知っているワルシャワ大学やヤギェロン大学で日本を研究している人たちのレベルは、他のヨーロッパの国と比べても相当高いと思うんです。

関口 私も高いと思います。

山中 草の根レベルの例としてはワルシャワで2013年に始まった「日本祭り」があります。大きな会場を設えて、ステージ、ブース、模擬店などを通じて日本文化を紹介し、現地の人々と在留邦人の交流の場として人気を博しました。その後も毎年開催され、今年で7回目になります。日本祭りは、今や1日で約3万人の来場者を集める人気行事として定着した感があります。

それからもう1つ、クラクフにある、通称「マンガ館」、日本美術技術博物館の存在も非常に大きいと思います。この館では浮世絵など美術品の展示、ワークショップ、講演会などが開催され、年間10万人以上が来館します。2014年には創設20周年を迎えましたが、日本文化の一大発信拠点として活躍を続けています。

やはり日本の文化、技術、芸術、そういったものを喜んで受け入れる大きな素地がポーランドにはあるのではないかと思います。

柴田 アニメは『キャプテン翼』、『セーラームーン』から始まってずいぶん人気がありましたね。今でも学生は、センチメンタルな調子で話しますので、若い世代にはその影響があると思います。

山中 コスプレ人気もすごいですよね。

柴田 そうですね。コスプレによってポーランドの若い方が「自由を感じることができる」と言うことがあります。おそらく、自分のアイデンティティの材料をどこから持ってくるかと考えたとき、日本文化が材料の1つ、「魅力のある他者性」として表れているのではないかと思います。

関口 近代文明が成熟し尽くしてしまったような西ヨーロッパには、僕らには想像できないくらい激しくヨーロッパを否定する人もいるんですね。もう必死で、非ヨーロッパ的な価値がどこにあるのか、日本で探したり、インドで探したりする。

ただ、ポーランドではヨーロッパ中心主義という、ヨーロッパ的なものの価値がおそらく非常に高い。それが日本と日本文化の価値を理解する上で阻害要因だった。でも、それは変わりつつあるのかもしれません。

ただ、ポーランドにはちょっと不思議なところもあるんです。自分たちはヨーロッパに憧れ、ヨーロッパを守ってきたけれど、オリエンタリズム的な反発もある。非常に繊細で複雑な心理なんですが、それが例えば衣装や風習に表れたりする。

1つだけ例を挙げます。17、8世紀の西ヨーロッパでは、身分のある知識人や裁判官はかつらをかぶることがステータスであり権威でした。ところが、ポーランドではそうした身分や権威の象徴として、日本のお侍の月代(さかやき)のように、髪を剃るのが1つのファッションだった。そして必ずひげが必要でした。そのようにヨーロッパに対する反発、自分たちは独自なのだという主張もある。これをサルマティズムというんですね。

カトリックの伝統も自分たちの独自性につなげ、今でも西ヨーロッパの反教権主義とかLGBTの権利拡大といった方針に対する反発のようなものもある。

日本のポーランド理解

柴田 もう1つ、ポーランドと日本ということで、よく話題になるのがショパンの音楽です。これも神話の一種だとは思いますが、ポーランド人にとってショパンの音楽は、ポーランド民族の魂を表す芸術作品であるとされています。

1927年からワルシャワでショパン国際ピアノコンクールが開かれており、日本人が初めて参加したのは1937年、原智恵子さんという方です。以来、数多くの日本人がショパンコンクールに出場しており、2015年には12人を数えました。

そのようにポーランドの魂であるショパンの音楽を日本人が好いてくれているということにより、ポーランド人にとって望ましい自我イメージが「鏡」のように映し出され、日本とポーランドが素晴らしい友好関係を持っている認識につながっているのかと思います。

山中 ポーランドというと、日本ではまずはショパン。それに続いてコペルニクスとかキュリー夫人という名前が出てきます。

もう少し新しくなると、法王ヨハネ・パウロ2世、映画のアンジェイ・ワイダ監督、そして連帯議長であったワレサ元大統領を知る人もいるでしょう。しかし、これ以上のポーランド人を知っている日本人は一部の例外を除いてまずいないでしょう。

ことほど左様に、一般に日本人のポーランドに対する関心や理解は遅れていると言わざるを得ません。特にポーランド人の日本に対する高い関心と比較すると、そのギャップは大きいものがあります。ポーランドが日本をもっと受容したいという気持ちのほうが相当強いのではないかと思うんですね。

私が4年半ほどポーランドに勤務して苦労したのは、政府も一般の人たちも、日本に対する期待がとても大きいのに、日本側がなかなかこれに応えてあげられないことでした。

柴田 多くの日本人学生が、ワルシャワをはじめポーランドの音楽大学で学んでいます。

先ほど関口さんが、個人主義で自由を何よりも大切にすると言われましたが、ショパンの音楽というのは、弾く人の持っている人間性、性格のようなものが正直に表されるので弾くのが大変難しいのです。それを弾くためには、自由であり、常に「自分」であることが必要になる。

ポーランドで学んだ日本人ピアニストの方とお話すると、ポーランドでは、文化と生活の中で、自分に正直に、自然な形で演奏をすることが可能になるそうです。日本では感じることのない呼吸の仕方、それこそ「芸術家」の風土がある。日本人がポーランドを積極的に受容する1つの例かと思います。

関口 例えばポーランドとの貿易で言うと、もう韓国に追い抜かれている。中国にはとっくに抜かれている。だから、僕はもっと日本語講座が減るかと思ったら、相変わらず元気で、むしろ増えているんですね。様々な大学でなんとかして日本語講座、日本語学科をつくりたいという。これは経済だけでは説明できない。ポーランドにおける日本語熱とか日本に対する関心は、コンスタントにあるんです。

それに対して、日本でポーランドに関することは、「ポ」の字を探すのも難しい。年に1、2回しか全国新聞に載らない。 東京外大にポーランド語科ができたのは、東欧革命があったからなんです。あの機会を逃せばもうできなかったと思います。今でもポーランド語を学ぶ学生は年間15人程度で就職先もないわけです。

文化については低いレベルですけど、ずっと関心はあるんですよ。それは演劇、映画であり、それからグラフィックアート、音楽です。それは本当に細々と続いていて、一般の人々にまで影響を及ぼすものではないんですが、面白いことに日本の場合、ショパンだけではなく、シマノフスキ協会、モニューシュコ協会、パデレフスキ協会まである。

これにはポーランド人が驚くと思います。

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