三田評論ONLINE

【三人閑談】
"声"のちから

2019/02/25

「通る声」の秘密

森山 オペラ歌手は大声が偉いみたいなところがありますが、でも、音楽にはピアニッシモがあるし、実際、ステージの上でいつも大きな声で歌っているわけではないのに、客席の一番後ろの列までちゃんと聞こえます。あれは音量ではないんです。

佐藤 われわれは、「通る声」と言いますね。よくないとされているのは、「そば鳴り」の声というのですが、近くでは耳を塞ぎたくなるぐらいの大声なのだけれど、大きなホールで遠くで聞くと、「あれ、それほどでもない」という声。

逆に近くで聞くと、そんなに大声ではなくても、大ホールでオーケストラと一緒でも、きちんと言葉の一つ一つが聞こえてくる声があるんです。その声の違いは何だろうといつも思うのだけれども。

森山 あれは人間の耳の特性に秘密があるんです。音というのはいろいろな周波数が混ざって1つの音になるんですが、その中でも3千ヘルツ付近の周波数成分が外耳道を通る間に増幅されてから鼓膜に達するので人の耳に一番敏感に響くんですね。声楽家の人たちは、副鼻腔によく共鳴するように声を出すのですが、そうすると、3千ヘルツ付近がすごく多い声になる。

スウェーデンの研究者がオーケストラの中で歌っている歌手の実験をしたら、3千ヘルツ付近に大きな山があったそうです。歌っているときにだけ、シンガーズフォルマントというピークが出るんです。

僕も歌舞伎役者で実験しましたが、歌舞伎発声にしてもらったら、やはりそのあたりにピークが出ました。

佐藤 なるほどそうなんですね。例えばコンサートを聞きにいくと、最初は何かすごく遠くで鳴っているように思うのが、十分ぐらいすると自分の体にきちんと伝わる大きさになって、音が小さいと思わなくなる。そういう経験が何度もありますが、それもそうなんでしょうか。

森山 それはさらに「カクテルパーティ効果」と言いまして、人は注意を向けたところの音をよく聞くことができるという不思議な能力があるんです。

佐藤 耳がだんだん開いていくということですか。

森山 そういうことです。最初は隣の人が咳き込む音とステージの音が同じように聞こえている。それがだんだんステージの音に特化されていく。

魚住 ネガティブなことでいうと、喫茶店などで、隣の席の人のパソコンのキーを叩く音が一度気になり出すと、すごく大きな音で聞こえてきますよね。それもカクテルパーティ効果ですか。

森山 そうなんです。音楽家で失敗するのは、頻繁に手を動かしたり、関係ないところでいろいろな動きをしてしまって観衆の注意を削ぐと、カクテルパーティ効果が下がってしまう。選択的受聴というのですが、選択されなくなってしまうんですね。

だから、聞いてほしかったら相手を集中させるための演出はとても重要です。営業マンが意見を聞いてほしいときは横に並んで話すんです。そして注意を向けさせたら、むしろ小さい声でしゃべるとよく聞いてもらえる。

行動を真似る

魚住 声の抑揚の部分でも結構お悩みの方が多いんです。話し方に抑揚がないとやっぱり伝わらない。私はそこで本を読ませる練習をするのです。私自身高校生のときからずっと朗読をやっていたのですが、ここは音を上げるとか下げるとか、ポーズを取るとか、小さく読む、大きく読む、速く読むというように変化をつけさせるのです。それは音楽と似ているなと思うのですが。

佐藤 まったく同じです。

魚住 そうやってひたすら読ませて、その後、フリートークをしてもらうと、感情が上手いこと乗ってきて、自分でコントロールもしながら話せるようになるんですよね。

私はナレーションの仕事が結構多いのですが、3時間ぐらいブースにこもって、バーッと人の書いた文章を抑揚をつけて読みます。そうすると、そのあといくらでもしゃべれるんです。それは何か脳の回路ができるのかなと思っているんですが。

森山 内面と行動は同じもので、内面が先にあって、行動をするのだ、と心理学の世界では19世紀までずっと信じられてきた。

ところがジェームズさんとランゲさんという人が、ジェームズ=ランゲ説というのを唱えて、「人間というのは悲しいから泣くのではなく、泣くから悲しいんだ」と言った。泣いている自分の行動を見て、「ああ、自分は悲しい」と認識する。つまり、行動が先なんだと言ったのです。

現在ではその両方があるということが分かっています。

魚住 では行動が先でもいいと。

森山 ええ、「形から入る」というやつです。自信に満ち溢れた声を手に入れたいなら、内面が自信に満ち溢れていないと駄目だとなると、一生かかってしまうかもしれない。でも、自信に満ち溢れた人の真似をすればいいのならより簡単だし、いずれ内面がついてくるかもしれない。

「行動療法」といって、うつ病患者が元気な人の真似をして治療するという療法はアメリカなどでは非常に盛んです。

佐藤 「真似」ということで言うと、歌が上手くなる人は真似ることが上手い。体の使い方とか、息の使い方がどうなっているかを自然に察知するのでしょうね。それができるということが、歌が上手くなる一つのコツでもあるんです。

森山 まさに「まねぶ」ですね。「学ぶ」の語源で「まねぶ」というのは「真似する」からきているということですね。

魚住 アナウンサーでも先輩の実況やリポートを聞きながら、真似ていくというところがあります。まず型を覚えて、そして自信が出てくる。

大体皆、憧れのアナウンサーがいて入ってきますから、真似から入って、そして上手くなっていきます。そして歌が上手くてカラオケ大好き。マイクを持つのがもともと好きなんでしょうけれど(笑)。

佐藤 われわれの練習でも、僕が「こうだよ」と自分で歌って聞かせながら真似させるんですね。

だから、ワグネルがずっと一定のレベルをキープしているというのは、木下保先生、畑中良輔先生、と指導者がもともと声楽家だったということが大きいのではないかと思います。

森山 もともと僕が「モテ声診断」をやっていた理由は、まさに行動療法なんですよ。加齢によって自分の声に自信を失ってしまった人、それから、もともと声にあまり自信がない人に、情報技術が助けにならないかと思ったのです。

モテ声診断というのはコンピュータに向かって話せば、5つのポイントで声を評価して百点満点でモテ声度が出る。そうすると、自分が何点と言われたら、もうちょっと次は上がるようにと頑張る。

同時に「あなたはもうちょっと笑顔にして聞き取りやすさを増やしましょう」とか、「滑舌をよくしましょう」というアドバイスが出るので、それに従って「さっきよりも笑顔を心掛けてみよう」とやって、点が上がるとなんか嬉しい。

それで自信をつけると、今度は人に声を聞かせたくなるので、いつの間にか内面が変わっている。僕は声というのは、そういう意味では自分の分身だと思っているんです。見えないものですが、褒められると無上に嬉しいというか。

魚住 そうですね。「格好いいね」とか「美人だね」と言われているような。

森山 「もっと聞きたい」と言われたら、いやあ、もうこれでいく晩か悩まずに寝られそうだなと(笑)。それぐらい元気がもらえますよね。

カテゴリ
三田評論のコーナー

本誌を購入する

関連コンテンツ

最新記事