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【三人閑談】
"声"のちから

2019/02/25

  • 佐藤 正浩(さとう まさひろ)

    慶應義塾ワグネル・ソサィエティー男声合唱団常任指揮者。東京藝術大学音楽学部声楽科卒業。ジュリアード音楽院ピアノ伴奏科修士課程修了。オペラ指揮者として国内外で活躍。愛知県立芸術大学講師。

  • 森山 剛(もりやま つよし)

    東京工芸大学工学部准教授。1999年慶應義塾大学大学院理工学研究科電気工学専攻修了。博士(工学)。在学中は慶應義塾ワグネル・ソサィエティー男声合唱団に所属。専門の1つとして「声研究」を実践。「モテ声診断ツールVQチェッカー」を監修し話題に。

  • 魚住 りえ(うおずみ りえ)

    元日本テレビアナウンサー、フリーアナウンサー、スピーチ・ボイスデザイナー。1995年慶應義塾大学文学部仏文学専攻卒業。長年のアナウンスメント技術を活かし、「魚住式スピーチメソッド」を実践。

「生きかた」が音色をつくる

魚住 森山さんは「声の研究」をご専門として、もう長くやっていらっしゃるんですか。

森山 そうです。人の声の感情の研究を慶應の理工学部時代からやっていました。でも、音声認識の研究は伝統的に長くあるのですが、感情の研究は僕が始めた90年代前半はまだ研究として認められていなかったんです。

フリッツ・ヴンダーリヒというテノール歌手の歌を聞いて、「なんでこんなに声がきれいなんだろう」と思ったんです。感情表現も豊かで。でも、当時はきれいな声の研究なんか「それは芸術家のやることだ」みたいな感じでしたね。

魚住 声の違いというのはどのように現れるのでしょう。

森山 人間は喉のところにある声帯で音の源をつくるわけです。この音源だけ取り出しても、「ボーッ」という何の音色もない、音の高低しかない声なのですが、その音源が頭蓋の上の部分に響きわたると雑音成分が打ち消し合って、きれいな倍音という成分だけが上澄みみたいに出てくる。そこで音色がつくられるのです。

ですから、日々皆さん苦労されて、皺を蓄えたりして喉から上の様子が変わっていきますが、それが全部、この音色をつくるところに反映する。つまり、生きかたが全部音色に関係してくる。

魚住 口の開け方などで音色を自分で変えていけるということですか。高い声を出す人は顔のある部分に皺が寄りやすい?

森山 はい。高い声というのは鼻腔(びくう)というのをよく使わないとなかなか出ないのです。頭の中には上顎洞(じょうがくどう)、前頭洞(ぜんとうどう)、篩骨洞(しこつどう)、蝶形骨洞(ちょうけいこつどう)という4つの大きな空洞が空いています。そこに声帯でつくられた音が響きわたることで息の通り道みたいなものができる。

発声法の中で大事なことは、空気の通り道がよく開いていないといけない。特に「イ」の口なんか舌が前に出るんですが、「ア」は口の前の開きは大きいのですが、舌は奥に引っ込んでしまって案外通り道は狭いんです。

だから、「イ」のほうが鼻腔共鳴しやすい。笑顔の感じですかね。「イ」の口をつくると、急に明るい音色になってよく聞こえるようになります。これは実は響き方が変わっているんです。

魚住 頭の上のほうで響かせるということになるのでしょうか。

森山 そうです。昔、小学校の音楽の先生が「頭のてっぺんから声を出しなさい」と言うと、「そんなの出るわけない」と皆言っていたけれど、実は頭の上のほうに響くポイントがあるわけで間違っていないんです。

魚住 例えば男性でも高い声のパートをやられる方は、口角が上がりやすいということはあるんですか。

佐藤 僕なんかはバスですが、テノールの、自分のもともとの声よりも少し高い音を出さなければならない場合は、口角を使ったり、鼻腔の響かせ方を持ち上げることはしますね。

ただ、オペラとか合唱ではもちろん鼻腔共鳴は大切ですが、一番僕が大事だと思うのはやはり息なんですよね。

魚住 まず最初に肺に空気を入れるところから。

佐藤 そうです。息が入って、それをどう押し出すか。われわれが魚住さんとちょっと違うのは、マイクを使って拡声をしないで2千人のホールで隅々まで聞こえる声を出さなければならないので、それなりの音量が必要になってくる。

そうすると、ただ声帯を強く鳴らすだけではなく、どれだけ共鳴をつくって声を響かせるかということになり、息の圧力が大事ですね。体の支えと圧力が強くないと全体を響かせる声は出せない。

魚住 歌の場合と普通に話すときの大きな声の出し方とは違うものなのですか? 話すときに大きな声でしゃべり続けられない、と悩んでいる方も結構いらっしゃるのですが。

森山 話す場合でもブレスが重要ですよね。「とりあえず吸って、たくさん吐きましょう」と言えば、当然、大きな声は出ますものね。

佐藤 それが基本ですね。オペラなどの発声は、まずは息の部分から始まるのだけれど、歌を習いにいくと、口の開け方がどうのという話になってブレスのことを忘れてしまう。でも、ブレスコントロールをどうするかというところが一番大切です。

オペラの「アリア」というのはイタリア語で「空気」という意味なのです。僕はイタリアのオペラは息のコントロールの芸術だと思っています。響きも発声も声の美しさも必要だけど、詰まるところは、息をどうつなげていくかだと思います。

ブレスを声に結びつける

魚住 難しいですよね。1回吸った息をなるべく長くワンブレスでお歌いになるということですね。

佐藤 長いフレーズを歌うには長い息が必要になってきますね。

森山 メッサ・ディ・ヴォーチェでしたっけ? 息の自然な流れに乗せて歌う歌い方がありますね。そういうものを聞いていると、やはり心地いい。自然な循環を感じます。

魚住 話し方もワンブレスで息を継がないでしゃべると、経営者の方などは説得力が増し、カリスマ性が出てくると言われます。息を吸ってバーッとしゃべるコツみたいなのはあるのでしょうか。私は「腹筋を使う」とよく教えているのですが。

森山 ブレスをどう声に結びつけるかというのは実はすごく難しい。でも幸い、日本語は言葉の頭に大事な音があるので、一文字目、二文字目をはっきり言うと結構伝わります。

言葉の頭さえブレスが乗れば、あとは惰性で息が乗るので、最初の一文字さえはっきり言えば、なんとか息とつながるのです。

佐藤 それは日本語に関してですか。

森山 イタリア語だと「ボンジョ・・ルノ」「ロンター・・ノ」とか、長短アクセントのところに息を乗せやすいかもしれませんね。ドイツ語だと「イヒ・リー・・ベ・ディヒ」とか、アクセントがあるところへ上手く息を乗せるのはいいかもしれない。

佐藤 実はこの間、練習をしているときに、「最初の言葉がよく分からない」と常に小言を言っていました。日本語の場合、確かに最初の言葉が分かると、次が予測できますね。

森山 聞いている人の力も借りて。

佐藤 それもあるんですよね。だから、第1音が分からないと、「ん?」と思ってしまい、聞く方が考えなければならない。でも、第1音がきっちり分かると、自然に耳に入ってくる。いつも練習でそれを言っているのですが、なかなかできませんね。

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