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【三人閑談】
ホモ・サピエンスの誕生

2019/01/25

ネアンデルタールからサピエンスへ

荻原 ネアンデルタールとホモ・サピエンスの「交替」と言われますが、これはどう捉えるべきなのか。ひと昔前は「交替」という言葉で表すことが多かったのですが、最近のDNAの研究では混血を支持する証拠が次々と出てくるので、交替という言葉に違和感を覚えます。

また考古学的な証拠も、昔はホモ・サピエンスにならないと比較的高度な抽象表現や芸術に関係するアーチファクトは出てこないと言われていたけれども、最近はネアンデルタールでもそうした能力があったことを示す証拠が見つかった、という話も増えてきています。

川端 戦いになってネアンデルタールは負けたんだ、というドラマティックなことを言いたい人が昔はよくいましたね。

荻原 そうですね。最近はあまり聞かなくなりましたけど。何が一番もっともらしい仮説なのかというのは、正直分からない。

ネアンデルタールとホモ・サピエンスの大きさはほとんど同じです。解剖学的にもほとんど変わらないですが、頭の形は違います。

体はネアンデルタールのほうが若干大きいので、脳の絶対サイズもネアンデルタールのほうが少し大きかったという考えが一般的です。ただ、サピエンスは小脳が相対的に大きいのではないかと思っています。ネアンデルタールはどこが大きいかというと、後頭葉という後頭部のあたり、主に視覚を司る場所です。ただ、微妙な差であることも事実です。

川端 単純に考えれば、ネアンデルタールのほうがより視覚優位な暮らしをしていた可能性があると?

荻原 比較的高緯度にネアンデルタールはいたので、暗い環境で暮らしていたからではないか、という論文も出ています。でも、よくは分からない。

ホモ・サピエンスの小脳が大きいのは、たぶん事実なのですが、意味のある差がそこにあるかと言われると微妙です。だから脳の形の違いが交替劇の要因になったかと言われると、確証的なことは何も言えないですね。

川端 後頭葉が大きいとか、前頭葉が大きいというのは直接頭蓋の形に表れると思いますが、小脳みたいに小さくても表れるものですか。

荻原 表れるんですね。後頭部の下のあたりの形が小さいのです。われわれは、人間の脳をネアンデルタールの頭に変形させて入れ込もうという作業をしたのです。

数学的に人間の脳を変形させて入れる計算をしたら、小脳あたりの収まりが悪いということに気がつきました。初めは前頭葉とか、高次機能に関係する場所に、差が出てくるのではないかという先入観の下にやっていたのですが、実は、一番形が違うのは後頭部の下のあたりでした。

川端 前頭葉はそれほど変わらなかったと。

荻原 結果としてそうです。頭全体を見るとネアンデルタールと現代人は、額のあたりの形がずいぶん違います。それもあって前頭葉のあたりが違うのではないか、と思ったのですが、頭骨の内腔の形を比較してみると、あまり違いませんでした。

川端 一番大きいネアンデルタールの頭は、東大のチームが見つけているんですね。

荻原 そうです。イスラエルの洞窟で発見したんですね。1740ccもあります。極めて大きいですけど、あの個体は身長も高いのです。全体的にネアンデルタールのほうが大きく、また骨太だと言われています。

小脳が小さいというのは、小脳は運動能力と関係が深い場所なので、運動能力が低かったのではないかと思われるかもしれませんが、われわれはそうは考えていません。小脳は大脳とたくさんの結合を持っていて、高次機能とも関係しているので、どちらかというと運動神経ではなく、認知機能の差につながっていたのではないかと思っています。

河野 ネアンデルタール人の歯は、理由は分かりませんがエナメル質が薄めだと言われています。でも、たまたまそういう方向にシフトしたのかもしれません。

荻原 ネアンデルタールは前歯の咬耗が激しいという話がありますね。前歯を使って、皮をなめしたりしていのではないかとも言われる。

河野 現代人も時代と地域によっていろいろですからね。時代が新しくなると、例えば同じ集団の中の役割分担が生じたりすると、1人の歯が減っていても、別の1人が減っていないということも起こります。

ネアンデルタールとの共存

河野 ネアンデルタールとサピエンスは何のDNAが一番違うのでしたか。

荻原 確か言語や脳の発達に関連する遺伝子が少し違うという話があったと思います。

河野 肌の色は薄かったんですよね。

荻原 そうですね。交雑は何回かはあったと言われていますね。

河野 あれは何回と推測できるんですか。

荻原 正直あまりよく知りません。

河野 教えてほしい(笑)。でも混血があったというのは、証拠があるらしいですね。

また、デニソワ人というのはネアンデルタール人と同時代で、小指の骨と歯が2本見つかっているだけですが、そこからDNAを取ったら、ネアンデルタール人ともサピエンスとも違う、また別の種がいたんだということが分かってしまった。

DNAで研究する人たちはメラネシアあたりの人たちがデニソワ人から遺伝的なものを受け継いでいるとか、チベット人の高地適応の遺伝子がデニソワ人から来ているとか、いろいろなことを言っているそうですが。

川端 ちょっとびっくりするくらい大きなストーリーになっています。

河野 そう。場所も世界中に広がりつつあるし。

まあ、ネアンデルタール人とホモ・サピエンスは同時期に共存していたのは事実なわけです。それが、一気になのか段々となのかは分からないけれど、ネアンデルタールはいなくなってしまった。

重なりあっていたのは数万年で、これは長いと言えば長い。ホモ・サピエンスはアフリカで20万年前ぐらいに誕生しているけれど、アフリカを本格的に出たのは6、7万年前ということになっています。それ以降で共存していたとすると、ネアンデルタールは3、4万年前までしかいないのでその間です。

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