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【三人閑談】
チャーハンを極める

2018/10/25

「美味しさ」の記憶

菰田 僕は料理人ですが、子供の頃に食べた記憶に憧れて、結構昔の味を思い出して作って食べるんですよね。「なると」が入っているチャーハンとか、色が付いてもいいからよく焼くとか。

土屋 美味しさと記憶に残る懐かしい味っていうのが、われわれの心にないまぜになっていますね。

チャーハンを作ったときに、ラードで炒めて化学調味料を入れると、食べた瞬間懐かしいんですよ。「ああ、これ、子供のとき食べたやつだ」と。そういう記憶にグッとつかまれるものは、ちょっと冷静に見ていかないといけないなと思いました。

菰田 家庭のきれいなフッ素樹脂加工のフライパンと、ラーメン屋さんの手元にタオルがグリグリ巻きになっていて、脇に層があるような中華鍋では全然違いますね。あれ、絶対いい香りがチャーハンに移るよなと思っています。

土屋 コロッケもお肉屋さんはラードを使って何十回と揚げる。だから香りがあって美味しい、とおっしゃる方もいますよね。

菰田 料理って、食感ももちろんですけど、やはり香りも大きい。私はチャーハンの最後に紹興酒やお醤油をちょっと入れるんです。それもお米につけるのではなく、お米と鍋肌の間のところにパッと入れる。そうするとヒュッと蒸発して香りが立つ。そこで混ぜるとチャーハン全体にその香りが染みるんです。醤油の塩分というよりも、醤油の焼けた香りを中に入れるみたいな感じです。

土屋 いわゆるアミノカルボニル反応が起こると、香りの発生する化学物質がその瞬間にものすごい数になって、いきなり複雑になるらしく、その複雑さを人間は美味しいと思うらしいですね。

菰田 だからみんな焼き肉のたれとか好きなんですね。いろいろなものが入っている。

山本 目隠しして鼻をつまんで食べると、何を食べているのかまるで見当がつかないということになってしまうんですね。面白いものですね、味覚だけの問題じゃなくて。

土屋 われわれが味覚だと思っているものが実は嗅覚だったり。口の中は鼻につながっているので。

山本 子供の時に経験した味は忘れないと言います。その点では日本人もだいたいが保守的です。

麻婆豆腐の味もそうですね。中国山椒の「麻味」が強い本場四川の麻婆豆腐は日本ではなかなか定着しませんでした。今でこそ、レトルト食品なんかにも見かけるようになりましたが、それでも、昔からある「麻味」を抜いた定番の麻婆豆腐の方がよく売れています。

菰田 そうですね、しびれに違和感を感じる、という方もいらっしゃるので。

土屋 われわれの世代の中華料理の味を作ったのは、やはり陳建民さんの力というものがあると思います。

菰田 陳建民さんがいらっしゃらなかったら、麻婆豆腐が伝来されていない。そうすると歴史的には60年ぐらいしかない。

土屋 実は意外と歴史は浅いですね。

菰田 そうなんです。でもそれだけ短期間に、誰でも知っている麻婆豆腐をこれだけ広められたというのは、陳建民さんが美味しい麻婆豆腐の作り方を隠すことなく周りの方に教え伝えて、その方たちがそれを再現してくれたからなんだと思います。

どちらかというと中国の人って隠したがる文化なんですが、そうやってちゃんと伝えたからこそ、日本にこんなに麻婆豆腐がある。今は四川省より日本の人のほうが食べているんじゃないかと思いますね。

チャーハンを炒める技術

菰田 料理の中で「炒める」という作業は、一番、腕の差が出やすい技術なんですね。炒め時間とその油の量などで、仕上がりがまったく変わってきてしまう難しいものです。だから、具材はシンプルだけど、一番の入り口はチャーハンだと思います。鍋を振るというのもそうですし。

土屋 シェフの技術の基本みたいなところになるわけですね。

菰田 チャーハンを美味しく、きれいにつくれたら、まずほかのものはできますよ。チャーハンでドタドタしていたら、チンジャオロースとかは駄目です。

山本 漫画の『美味しんぼ』で「チャーハンが作れなければ、ほかのものも駄目だ」という場面がありますが、その説は正しい?

菰田 いや、そうだと思いますね。

山本 これは周富徳さんが本当に言ったわけではないのですよね。

土屋 でも、周富徳さん自身も「チャーハンが生きざまだ」みたいなことは、ご自身の本で結構書いています。「火力を御す人間にならなければならない」など。

山本 「炒める」という調理技術の基本練習はどういうことをやるのでしょうか?

菰田 鍋を返すというか、手前のものが中に入っていって、均等に回るようにする動作の練習は、よく塩でやっていました。それができるようになると今度はゴマを炒るんです。

ゴマを炒るって、ずっと均一にやっていかないと、パチパチッと焦げてしまう。パチパチとなったら、「もう使えない」と言われるんです。

弱火でゆっくり黄金色に炒めていくんです。また、鍋の温度が上がっているので、火を止めてもしばらく振り続けないと、予熱で火が通ってしまう。そうやってチャーハンに入る前に鍋の技術を鍛錬するんです。

土屋 それは両手鍋ですか?

菰田 両手鍋です。初めはみんな、すぐ腕がパンパンになってしまう。

でも、そうすると鍋が返る仕組みをやはり体で覚えるんです。それが材料を均等に回していくという技術となる。チャーハンに至るまでにプロも意外に鍛錬しているんです。

土屋 さまざまな技術がシンプルなものに収斂していっているんですね。

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