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【三人閑談】
チャーハンを極める

2018/10/25

チャーハンの香りの秘密

菰田 私はお客様に出すときは、卵は溶き卵にしてバーッと軽く炒めて、ご飯入れてってやるんですけど、自分で食べるチャーハンは、絶対に黄身を溶かないんです。

土屋 そのまま落とすんですか。

菰田 はい。混ぜてしまうと、卵の香りがなくなってしまうんですよ。

山本 ああ、はい。

菰田 卵の香りは、僕は100パーセント白身だと思うんです。白身を焼いたときの香りというのがすごい好きで、白身だけがブクブクッて、少し火が通って茶色くなったところにご飯を入れて、自分用にチャーハン作るのが大好きなんですよ。

土屋 すごく分かります。熱々の鍋に落とすと、白身の後ろが茶色くなったときにフワッと香りが漂ってきて、ご飯を入れたときに「あ、これがチャーハンの香りだったんだ。白身ってこんなに重要な役割を果たしているんだ」と思います。

YouTubeで町場のチャーハン屋さんの作っているのを見ると、やはり、溶かないものが多いんですね。作業として楽ということなのかもしれませんが。

菰田 子供の頃の記憶で、行っていたお店が直に卵をバーッと入れて、ブクブクブクってしたところにご飯を入れていたなというのがあって。香りという面では、白身は抜群だと思っていますね。

山本 いわゆる黄金チャーハンというのは昔からあるものですか?

土屋 「卵コーティング」(あらかじめご飯に溶き卵を混ぜてから炒める)ですね。昔は卵でコーティングするという発想が全然なかったようで。90年代以降に卵コーティングが出てくるようです。

それ以前は、家庭料理では先に卵を入れて、取り出してお米を炒めてから混ぜるというレシピばかりなんですね。中国人三代によるレシピ本『馬家の中国名菜譜』でも、お母さんと娘さんはやはり先に卵を取り出している。でもお孫さんになると卵コーティングしているんです。

菰田さんも家庭用に書かれた『菰田欣也の中華料理名人になれる本』(2014年)では、卵コーティングをお勧めされていますね。それから崎陽軒の嘉宮(かきゅう)のシェフだった曽兆明さんが「黄金の炒飯」というものを商標登録していますね。

菰田 もうお亡くなりになってしまいましたね。

土屋 彼がお父さんから習ったというチャーハンに、卵に伊勢海老のみそを入れたのとご飯を混ぜて、黄金にして炒めるというのがあって中国では結構ポピュラーのようなんですね。ただ中国の場合はパラパラにするためではなくて金色にするのが大きいようです。

菰田 金、大好きですね(笑)。

ご飯が決め手の一つ

山本 日本で黄金チャーハンにする主目的はパラパラにすることですか?

土屋 そうだと思います。たぶん日本のお米には粘りがあるという、もとから日本人が抱えるジャポニカ米の問題をどう解決するかということと、中国では色を付けるために卵を事前に混ぜるんだよ、という話が合体して黄金チャーハンになったのではないかと。

菰田 ご飯の状態というのは非常に大事だと思いますね。炒める前のご飯がどういう状態かで、基準となるスタートラインが決まります。

土屋 実はこの本を書く際にも、ご飯の品種や炊き方も、いろいろなものを試しました。チャーハンというと、どんなご飯でも美味しくできてしまうのが中華料理屋の技なのかなと思っていたのですが、こんなにお米の味に左右されるのか、ととても驚きました。

菰田 もともと中国ではご飯を「炊く」という習慣がなくて、蒸しご飯なので、炊いて、そのまま食べるご飯の状態をチャーハンにするのは、結構難しいんです。

それに、向こうのお米って、結構パサパサしていますからね。普通に作れば、たぶんパラパラになるんですよ(笑)。

山本 稲の品種が違うんですね。中国ではもともとインディカ米が主流です。中国米は東南アジアのインディカ米よりも丸くて、見た目は日本米と同じように思いますが、インディカ米であることに変わりなく、炊いても粘り気が少ないので、本来パラパラなのです。

だから卵コーティングの目的は色付け以外に理由がないのでしょうね。

土屋 そうなんです。それでも中国人もチャーハンのパラパラにはこだわりはあるみたいです。蒸すだけではなくて湯取り法を使う。つまり、1度蒸して途中でお湯で洗って、もう1回蒸す。あんなにパサッとしているのに、もっとパラパラにしたいのかなと(笑)。

僕も中国のお米は短いから、日本と同じかと勘違いしていたら、中粒種といってインディカ米だけれど長くないお米らしいですね。

山本 日本では昔は外米の輸入規制がありました。ですから日本人は日本米でチャーハンも作ったのでしょうが、日本人にとってはその方が口に合ったんでしょうね。

菰田 やはりお米の美味しさは、日本のお米のほうがはるかにあるんです。でも、それをパラパラのチャーハンにするためには技術が必要です。

山本 それが難しい。

菰田 そうです。そこを乗り越えると、中国を超えたすごく美味しいチャーハンが出来上がるんです。

僕は子供の頃、家で母親が「今日チャーハンね」と言うと、がっかりしていたんですよ(笑)。作っているのを見ていると、今思えば餅つき状態ですね。

中華鍋に具材を炒めて、冷やご飯をボンボンと入れて餅ついてるような感じ。こんな大きな塊の温かくない白い部分があったり。

土屋 ご飯が油を吸っていて(笑)。

菰田 そうなんですよ。でも母親の時代はそういう情報しかなかった。

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