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【三人閑談】
チャーハンを極める

2018/10/25

  • 菰田 欣也(こもだ きんや)

    1968年東京生まれ。大阪あべの辻調理師専門学校入学。陳建一氏と出会い1988年四川飯店へ入社。2008年四川飯店グループ総料理長就任。現在ファイヤーホール4000のオーナー。イベントや料理番組等に多数出演。

  • 土屋 敦(つちや あつし)

    料理研究家、ライター。1994年慶應義塾大学経済学部卒業。出版社で週刊誌編集を経て料理関係のライターとなる。新著『男のチャーハン道』の他、『男のパスタ道』『家飲みを極める』等がある。

  • 山本 英史(やまもと えいし)

    南開大学講座教授、慶應義塾大学名誉教授。1973年慶應義塾大学文学部卒業。1979年東京大学大学院人文科学研究科博士課程単位取得退学。専門は中国史。中国料理に絡む世俗文化に関心があり、随筆を多く執筆。

「パラパラ」チャーハンを目指して

土屋 私の『男のチャーハン道』という本は、素人が家庭でお店のような「パラパラ」のチャーハンを美味しく作ることができないかなと思って試行錯誤した記録です。

チャーハンをどうしてもパラパラにできないという人は多い。なんとか頑張ってみよう、と私は一介の素人の立場でチャーハンを作ってみたのですが、まず、チャーハンの一番の魅力は一見簡単であるというところだと思うんですよね。どなたもたぶん一度は作ったことがある。

山本 そうですね。

土屋 家にある余ったご飯を炒めれば一応できる。そして、実際に作ってみると、まず楽しい。そして、作業の工程がシンプルだからこそ、ちょっとした違いが味の違いに反映する。それから、なかなかパラパラにならない(笑)。

家で中華料理のシェフの真似をしても、上手くいかないことがほとんどです。この「どうしたらいいんだろう」というところが創造性を刺激するんです。

菰田 よくレストラン系のものは中国料理店と言ったり、町場にあるラーメン屋さんは中華料理屋と言ったりしますが、どちらのお店にも必ずあるのはチャーハンですね。

中国料理店が、町場の中華屋さんのチャーハンとどれだけ差をつけられるかが問われる。食べて分かりやすいので、非常に侮れない料理だと僕は思っています。

僕は、スタッフに教えるとき、お客さんに出す前に、自分自身の賄(まかな)いとしてチャーハンを作らせるんですが、同じように作っても、火を通す時間や、卵の混ぜ方が違うと出来上がりがまったく違う。土屋さんが言われたように、簡単に見えるけど、実はすごく難しくて本当に奥の深い料理です。そしてお客さんは大好きな人が多い。

山本 チャーハンが嫌いな人っていないですよね。

菰田 なかなかいないですね。卵とご飯だけでも美味しいし、いろいろな具を入れたりもできる。四川省のほうに行くと、ホイコーロー味のチャーハンもある。ゴルフ場でもカジュアルに食べられますし、高級店でもそれほど高くなく、誰にでも手が届く料理です。

それでいて、炒め加減とご飯の質との兼ね合いも非常に出てくる料理ですよね。

土屋 シンプルだからこそ差が明確になり、皆が細部にこだわりを見出していくという面白みがありますね。

チャーハンは日本料理?

山本 私は30年くらい前から、中国に毎年のように行っています。日本人は本場でチャーハンを食べたらどんなに美味しいだろう、と思うではないですか。でも実際に向こうで食べると案外大したことないんですね。

中国ではチャーハンは冷やご飯で作るようなありあわせ料理で、メニューの主役にはなりません。そうすると、それほど作ることに情熱が湧かないようで、日本人のような思い入れはあまり感じられません。高級料理店でもその点は同じです。

日本人はコース料理の最後の締めにチャーハンを頼むことが比較的多いのですが、向こうの方はスープ代わりの汁麺か、あるいは単に白米ご飯だけという場合が多く、チャーハンにさほどこだわりがありません。

日本で食べるチャーハンは、中国から伝わった料理法を日本人が自分たちの口に合うように改良した、いわば日本料理の一種で、とても美味しいものだと思いますね。

菰田 向こうはチャーハンよりも、ご飯にあんかけとか、おかずみたいなものを乗せて食べるほうが好きな感じがありますね。

土屋 中国ではお店でチャーハンを注文するというイメージはあまりないでしょうね。

山本 日本だとラーメン屋にはギョウザとラーメンとチャーハンが必ずあって、普通にチャーハン単体、ないしはラーメンかギョウザと組み合わせて食べますよね。でもこうした食べ方をするのは、やはり日本人ならではの特徴だと思います。

土屋 明治時代に中国に行った日本人のエッセーで、チャーハンがすごいうまいというものが出てきます。

お手伝いさんとして雇われていた中国人の女性が、忙しい中、自分のために塩漬けの高菜を刻んで、ご飯と炒めて食べている。それを味見したら、メチャメチャ美味しかったという記述がありました。日本人にしてみれば、きっと目新しい料理だったのでしょうね。

山本 中国料理を日本人が食べ始めたのは意外と近年のことなのです。明治には一部の食通の間では好まれたものの、それが大衆化したのは関東大震災以降らしいのです。 そして、いわゆるラーメンとギョウザがセットになって、狭い屋台のカウンターで食べる様式が定着したのは、どうも戦後の闇市のバラックからのような気がします。

土屋 戦後すぐの小説などでは、よく支那ソバの屋台が出てきますね。もしかすると、あの頃すでにチャーハンが出ていたんでしょうか。

山本 たぶんそうじゃないですか。

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