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【三人閑談】
チャーハンを極める

2018/10/25

「揚州チャーハン」をたどって

山本 菰田さんのお店ではチャーハンはよくオーダーされますか?

菰田 やはり人気ですね。

山本 お米はあらかじめ、チャーハン用に炊いておくわけですか?

菰田 ちょっと硬めに炊いたものを用意しています。昔は試行錯誤して、営業で残ったご飯をどのようにしたらチャーハンに適するかと、1回冷凍して、解凍したものをほぐしたりしました。

そうするとだいぶ水分が抜けているので、逆に炒めるときに水分を補給しながら炒めたり、卵を炒めてから温かいご飯を炒めたり、いろいろやっていましたね。

僕が今一番チャーハンを作りやすいなと思うご飯は、お米とお水を一対一で、そこに少しサラダ油を入れるんです。

土屋 最初から?

菰田 そうです。そうやって蒸したご飯が一番やりやすい。

土屋 それは試してみたいですね。

菰田 中華料理屋はずっと「せいろ」が付いているので、蒸すことに対してあまり抵抗がないんです。朝来たら蒸し器をつけて、閉店までそのままですので。

山本 中国ではよく「揚州チャーハン」という特別な言い方をしますね。要するに、いろんな具材が入った五目チャーハンなのですが。なぜ「揚州」なのかといろいろと調べてみたのですが、案外わからない。いい加減な説はいっぱいあります。隋の煬帝(ようだい)が好物だったものが揚州に伝わったとか。でも、どうもはっきりとした文献があるわけではありません。

一番信憑性のあるのは、19世紀に揚州の知事になった役人がチャーハン好きで、自分の文集の中に作り方を書いていて、それが一種のブランド化して広まったというものです。ただ揚州人に言わせると、地元でそんなものを食べたことがないそうです(笑)。だいたい地名が付く料理はその土地にはないことが多いわけで、揚州でわざわざ「揚州チャーハン」とは言わないでしょう。

土屋 言わないですね。

山本 一説によると香港人か広東人が、もともとその地にあったチャーハンを揚州ブランドにしたと言われています。五目チャーハンは本来広東料理である可能性は十分にあるかと思います。

土屋 揚州チャーハンは、これを入れなければいけないとブランド化していますね。最近のことだと思いますけど。

山本 揚州チャーハンの定義によれば、中国ハム、ナマコ、エンドウ豆など、いくつかの具材を必ず入れることになっています。でも何を入れてもいいような感じだし、実際何も入ってないものもあります。

揚州市が最近、地方振興の一環として「揚州チャーハン」を文化遺産に登録しようと試みたのですが、結局上手くいかなかったようです。揚州にもともとそんな伝統はなかったとか(笑)。

菰田 あんかけチャーハンというのも、僕が修業していたころはあまり見かけなかったですね。

山本 それもいわゆる「福建チャーハン」という名称で今は広まっています。これもまた福建人は食べたことがないそうです(笑)。

土屋 あれは香港が怪しいですね。

菰田 でも、あのパラパラのチャーハンに「あん」がかかっているのは合いますよね。ベッチャリしたチャーハンに「あん」をかけても美味しくないですけど、パサパサぐらいのチャーハンには相性がいい。

山本 あんかけチャーハンの歴史は新しいと思います。広東人が海鮮を炒めた八宝菜のようなものをチャーハンに乗っけたという説ですね。

食べ物の由来は、それを実証する史料がほとんど残っていません。反対に噂みたいなものは山ほどあり、誰かが1つの説を唱えると、それが独り歩きしてしまうので、歴史研究でこれを究めるのは難しいのです。

菰田 1カ所で流行ると、すごい早さで広まっていきますね。例えば四川省の成都のお店に行って、「この料理、すごいですね」と言うと、そこの人が「この料理は私が考えました」と言う。次のレストランに行くと、また同じ料理が出てきて「この料理は私が考えました」と。もう、言ったもん勝ちみたいな(笑)。

山本 揚州チャーハンも、ある種の権威を揚州という文化の香りがする都市に求めたのではないですかね。

なぜ日本は油で「炒め」なかったのか

菰田 今、チャーハンにもいろいろな種類のものがありますが、油と卵は組み合わせとして絶対なんですよ。油を入れないと卵が膨らまないので。

山本 油のないチャーハンってあるんですか?

菰田 いや、それでは卵が膨らまないので香りも出ない。使う油が白絞油(しらしめゆ)みたいなサラッとしたものを使うのか、それともラードを使うのかで違う。やはりラードを使うとコクが出るんですよね。

山本 日本人はもともと油っこいものを好む民族でなかったのかもしれませんが、天ぷらみたいなものは昔から割と普及していました。なのに、なぜご飯を油で炒めることを考えつかなかったのかと思うのです。

きんぴらごぼうみたいに炒めてから煮るような調理法は江戸時代でも結構あったらしいのに、どうして「炒める」だけの料理がなかったのでしょうか?

土屋 不思議ですよね。

山本 ご飯があってネギがあればすぐできそうなものなのに、江戸時代の日本にチャーハンのようなものはなかったようです。その代わりかやくご飯の類はいっぱいありましが、これには油を使わないんですね。

菰田 日本というと炊き込みご飯風なイメージが強いですね。

土屋 僕も調べていて、チャーハンが明治時代に入ってきたことには結構驚きました。江戸時代に「焼き飯」という言葉は出てくるので、「ほら、やっぱりあった」と思ったら、焼きおにぎりのことだった。やっぱり江戸時代にはないようなんですね。

山本 チャーハンのチャー(炒)という字は、日本語では「炒(い)る」と訓読みします。「炒る」は油を使わない調理法ですね。

日本には油を使って調理するという発想がないわけではなかったのに、いわゆる炒め料理はついに生まれませんでした。炒めたものをそのまま食べるのは当時の日本人にはちょっと脂っこすぎたのかもしれません。

土屋 しかし、「揚げる」のはあるわけですね。

山本 そうですね。西日本ではチャーハンのことを「焼き飯」といいます。この場合の「焼く」はまさしく中国語の「炒」と同じ意味で用いられています。焼き魚のように本来直火であぶり焼きする調理法である「焼く」がなぜ油を使う「炒」の意味にも使われるようになったのか。こんなこと1つをとってもなかなか興味が尽きません。

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