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【三人閑談】
童謡は時代を超えて

2018/03/01

メディアの影響

片岡 NHKの『みんなのうた』は、童謡といえるかどうか分かりませんが、子どもの歌の宝庫ですよね。あれを立ち上げたディレクターの後藤田純生さんは、本物を伝えたいという思いを常にお持ちでした。私もスコットランド民謡など、ずいぶんたくさん訳したり作詩したりしましたが、番組としての理念が厳然としてあったんですね。

当初は、担当者のディレクターが企画会議でもがんがんやり合い、練り上げて、みんなが納得するものをつくり上げていたんですが、それが時代とともに変わってしまい、プロダクション任せみたいになってしまって、テープで送られてきたものの中からいいものを選ぶ、みたいなことになっていき、企画会議も変質してしまったんですよね。

はたで見ていると、いくところまでいったような感じがします。子どもはメディアを通してしか歌に触れられないわけで、メディアから出てくる歌に反応するという形で好き嫌いが出てくるわけですよね。だから、今、子どもの選択肢がすごく限られてきている。はっきり言って、「こんな歌でいいの?」という歌だって、『みんなのうた』にありますよね。

若松 実質的には12、3年前くらいに、大きく方針が変わってしまいましたね。

片岡 合唱コンクールの課題曲も、ポップスの人たちの人気に頼っているような形になってきています。

若松 NHKの合唱コンクールでは、AKB48が歌唱する秋元康氏作詞の作品が中学校の課題曲になって、ちょっと話題になりました。指揮者の田久保裕一さんが、合唱コンクールの趣旨からしてポップスの曲を課題曲にするのはおかしい、と声を上げておられて、私も一緒に文科省に行きました。

いずれこういう曲が課題曲になるだろうというのは、僕も前から分かっていました。小学校、中学校の合唱曲というのは、比較的守られている聖域で、いい作品を書けば、生徒たちに歌われる可能性は高い。ただ、やはり子どもたちの環境にはテレビやメディアの影響も大きいですから、そういったものもどうしても学校の音楽の中に入ってきますね。

メディアもそれを受け入れている風潮があるので、そのなかで、それでもいい音楽を提供しなければいけないというのは非常に苦しいです。

片岡 今テレビやネットだけでなく、保育園や幼稚園というのも、ある意味でメディアなんですよ。運動会などで使われる曲というような保育現場をターゲットにしてつくられている。つまり、有用性、実用性と子ども受けを狙っただけの音楽です。もちろん役に立つのかもしれないけれども、音楽として心に残るかというと疑問が残ります。

若松 そういうものとの戦いですよね。

片岡 最終的に決めるのは聴き手ですから、いいものはいいと聴衆が気が付けば、また童謡が力を持ってくるんじゃないかと期待しています。

子どもは多様な音楽が好き

若松 現在、学校の音楽の時間はどんどん減らされています。今はおそらく、僕が小・中学校のときの半分くらいじゃないですか。それでも、童謡は生き残ってきた。何とかこれを絶やさずに、子どもたちの音楽教育のしっかりとした柱にしてほしい。今だからこそ、と思うんですよ。

大石 子どもたちが歌いたい歌と、大人が子どもに歌ってもらいたい歌というのは違うわけじゃないですか。その溝をどうやって埋めていくか、考えなければいけないのではないかと思いますね。

若松 「子どもの歌の詩に、もっと新しいものがあってもいいんじゃないか」というお話がありましたが、音楽の側でもそうかもしれません。例えば、洋楽とかポップスのテイストをもっと増やすことも必要だと思います。

古い童謡にはなかった要素かもしれないけれども、テンションコードだってあったほうがいいかもしれない。童謡のクリエーターが勉強する気持ちを忘れずに、新しいものを取り入れていくことは必要だと思います。

片岡 このあいだ、東京都の私立小学校の音楽祭があって、孫が出ていたので聴きに行ったんです。そうしたら、AKB48の歌もあったけれども、リコーダーの合奏では古楽の曲を取り上げたりしていた。

保育現場でも、古楽器を使った合奏団「ロバの音楽座」が今すごく人気ですよね。子どもたちも、リコーダーや横笛、フルートなどで彼らの曲を自分で吹く。子どもって、心に感じたものは、強制されなくても自分で再現してみたくなるんです。小学校でも、沖縄やアイヌの民謡をたくさん歌ったり踊ったりするところもあります。

子どもたちは、今の流行りの音楽だけにしか興味がないのではなくて、多様な音楽を受け入れるキャパシティがある。だから、周りの大人がそういう機会をどのように提供するかですね。

大石 まさしくそうですね。どう気づかせるかということ。

片岡 例えば谷川さんが書いた『ことばあそびうた』って、ありますよね。あれは別にメロディになっているわけではないけれども、子どもたちは群読するのが大好きです。

若松 音楽の分野だと、いい曲が少なくなるとリズムが中心になるという傾向があります。僕はこれはとてもよくないことだと思っているんです。それを止めようと頑張っている人たちもいて、何とか保たれているのかなとは思うのですが。

ついでに言ってしまうと、今、文科省はダンスを必修にしていますね。あれ、僕は反対なんです。もちろんいくらでも時間があるのだったら、やればいいと思うんです。けれども、そもそも時間がないのだから、もっと叙情的なことに触れる機会を増やさないといけない。

もちろん、やること自体は悪くない。僕自身、高校生のときバンドでロックやポップスをやって、先生に白い目で見られていましたが、それは課外活動くらいでちょうどいいんじゃないかと思います。それを教育方針として「やりなさい」みたいな感じなのは、おかしいのではないか。

とにかく低学年は童謡、高学年は定番の合唱曲をしっかりやったほうがいい。

大石 いい曲がたくさんありますからね。

若松 そうです。それをしっかりと学ぶ構造になっていないのがすごく残念ですね。こんな優れた文化、財産を持っているのに、それを生かせないのがもったいない。ですから、音楽大学でももっと日本の音楽、童謡、叙情歌を積極的に教えてもらえるといいのではないかと思います。

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