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【三人閑談】
おいしい発酵

2017/12/01

見えない力に守られている

生江 私たちは日頃どうしても、目に見えるもの、五感で感じられるものを中心に生活してしまうことが多いですね。ですから、目に見えないもの、あるいは嗅いだり触ったりできないものは見落とされがちですが、逆に僕からすると、そういう見えない世界とつながることができるというのは、すごくロマンがある。

くさい言い方かもしれないけれど、愛とかそういう観念的なものにも近いような気がします。でも、そういうものに守られながら僕らの毎日の生活はあるんですね。

微生物は、もちろん顕微鏡で見ることもできるし、化学的に追究していくこともできますが、日常生活の中での菌との関わり方というのは、すごく人間の生活を正してくれる観念的なものに近いと思うんです。見えない力に守られているというか。

小泉 微生物はおいしいものをつくるけれども、場合によっては人を殺してしまうことだってある。

微生物には善玉菌と悪玉菌があって、悪玉菌は食べ物を腐らせてしまう腐敗菌と、病気を引き起こす病原菌があります。これらは発酵の菌とは別です。

善玉菌は納豆菌や乳酸菌、酢酸菌、酵母とかこうじ菌で、こちらの連中だけを人間はかわいがる。目に見えないけれども、人間はそれを区別して、選んで使うことができる。その巧みさというところも、発酵の不思議だと思います。

生江 発酵というのは、大きなものを分解していく作業が主ですね。大きなものをさらに大きく、ではなく、小さく分解していく。

それを人間の営みに置き換えてみると、ものを食べるとき、大きなものを口に入れて、唾液や胃液、腸内の吸収などで分解して小さくしていきます。ということは、僕自身も発酵を行っているようなものなのかなと感じます。菌がやっていることと、僕がやっていることは、実はすごく似ている。

小泉 そうですね。微生物に教えられることは多いですよ。

井奥 これからの料理を考えていくうえでも、発酵という技術は大きなヒントになりそうですね。

生江 日本人がもともと発端としたアジアの料理文化をもっと遡ってみたいですね。そこから現代、そして未来につながっていくものが見えてくるのではないかと思っています。

そこから生まれたアイデアを、僕も1人のアジア人として料理の中に生かしていきたいですね。ちょっと大げさな言い方をすれば、ポストコロニアルな料理のあり方ということになると思います。

料理文化は、ヨーロッパ中心のグローバライゼーションがずっと続いてきて、それが各国の料理文化に影響を与えたり、壊したりしてきました。僕もフランス料理やイタリア料理を学んできたので、それから受けた恩恵を全否定するのではなく、それを踏まえたうえで、次の新しい料理を、アジアの民として作っていきたいと思います。そこでは発酵がベースになるような気がしています。


※所属・職名等は本誌発刊当時のものです。
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