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【三人閑談】
おいしい発酵

2017/12/01

猛毒が抜ける発酵技術

井奥 世界各地にはいろいろな発酵食品がありますが、これはすごい、というものはありますか。

小泉 世界一珍しい発酵食品だと私が思うのは、石川県のフグの卵巣のぬか漬けですね。フグの卵巣には、テトロドトキシンという猛毒が入っているんです。このテトロドトキシンは、青酸カリの180倍の毒性を持っていて、本来なら、ちょっとなめただけで死んでしまいます。

ところが、このぬか漬けは、江戸時代から作られ、いまでも普通に売られています。白山市美川というところで作っていますが、これは食べられるまでに3年かけて毒を抜くんです。

フグの卵巣は大きいのですが、それを塩漬けにすると、塩は水分を取りますから、だいぶ小さくなります。半年ぐらい塩漬けして水分を出すと、ある程度固まります。それで真水に入れると塩抜きができます。でもまだ毒は抜けません。

それで、今度はぬか味噌に漬けて3年置きます。そうすると、毒がなくなります。これを商品として売っています。これを食べて亡くなったということは聞いたことありません。ただし作り方にはノウハウがありますから真似て作らないように。

井奥 なぜ毒が抜けるんでしょう。

小泉 やはり微生物で分解するんですよ。ぬか味噌の中には1グラムにだいたい1億8000万個ぐらいの乳酸菌がいます。フグの卵巣には、明太子のように薄い膜がある。塩漬けしたりするときにその膜に傷がつくんです。

微生物の1匹、乳酸菌の1匹にとって、その傷は東京ドームぐらいに大きい。そんな傷からどんどん微生物が卵巣に入り、増殖していくわけです。彼らには血管、血液がないですから、毒なんて関係ない。テトロドトキシンという化学物質をどんどん体の中に取り込み、アンモニアと水と炭酸ガスに分解して生きていくわけです。

これを私は解毒発酵と言っています。この解毒発酵は、本当に日本のフグの卵巣のぬか漬けだけです。他に世界には絶対ない。

生江 チーズのような、ぬか味噌みたいなにおいがしますよね。

小泉 硬いですが、切ってみると、きれいな卵巣が、カズノコみたいにプツプツびっしり付いている。それをご飯の上にパラパラッとまいて食べてもいいし、茶漬けとか湯漬けにする。この卵巣の酸味とうま味とにおい。これも料理の隠し味に使ったらおもしろいと思いますね。

イヌイットのビタミン源

小泉 フグの卵巣のぬか漬けが東の横綱とすれば、西の横綱はキビヤックですね。イヌイットの作る発酵食品です。

まず、200キロぐらいの大きなアザラシを捕って来て、内臓、肉を取って、皮を残す。その中に、ウミスズメを2,300羽ぐらい詰め込むんです。それを土の中に埋めて、上に土をかぶせて、石をいっぱい置いて、3年間発酵させます。

石をいっぱい上に置いておくのは、クマや北極オオカミが来て掘って食べてしまわないようにするためです。3年過ぎたら掘り起こします。鳥は300羽ぐらい、羽も取らずに詰め込みましたから、ゴソッとそのまま、発酵して出てきます。これがもう猛烈に臭い。こんなに臭いものはないというぐらい。

井奥 なんともスケールが大きいですね(笑)。

小泉 食べ方なんですが、鳥を取り出して、その肛門に口を付けて体をギューッと押して、チュッチュッと吸うんです。体液も発酵していてドロドロですから、もう内臓も肉もベトベトなのが口の中に入って来る。植村直己さんが、このキビヤックが大好きだったそうです。

なんでこんなものを食べるのか。イヌイットの人たちは、野菜が栽培できないからビタミンが取れないんです。ビタミンは人間の体では作れませんから、外から取らなければいけない。セイウチやアザラシの腸内細菌はビタミンをいっぱいつくっているから、その腸の内容物を鳥などの生肉にくっつけて食べるわけですね。そのうちに、キビヤックを発明したんだと思います。キビヤックを分析すると、ビタミンのかたまりです。

これをチュッチュッと食べるだけでなく、あとは調味料として冷凍保存しておきます。解凍してギュッと絞ると、ドロドロのあんこみたいなのが出てくるんです。肉と内臓が発酵してドロドロになっている。それをカリブー、トナカイの肉にくっつけて食べたりする。

井奥 小泉さんも召し上がったんですか

小泉 ええ、食べました。とにかく臭い! 味は、モンゴルや内蒙古自治区にヒツジの腸に血を入れた腸詰があるのですが、それをゆでて食べたときの、ネトッとした感触ですね。ただ、においは猛烈です。

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