【三人閑談】
おいしい発酵
2017/12/01
最も体に優しい食べ物
小泉 発酵食品の特徴は、まず1つは非常に安定した食べ物で、ほとんど腐敗をしない。これは微生物学者として考えても非常に不思議なことです。例えば牛乳を放置しておいたら、すぐ腐ってしまいますね。夏なんかは1日でもうダメです。でも、乳酸菌を入れてヨーグルトにしたら腐らない。納豆だって、煮た大豆を納豆菌で増殖したそのままを食べる。置いておいてもほとんど腐らない。冷蔵庫のなかった時代には発酵させて保存したのです。
2つ目は、発酵すると栄養価がものすごく高くなります。微生物がビタミンやアミノ酸などいろいろなものをつくってくれる。しかも、最近は免疫活性まで高めてくれると言われていますね。そのように体にとってとてもいいものを生み出すのが発酵です。
3つ目は、味とにおいがなんとも言えない。くさやのにおいなんて、私の場合はもう、しびれちゃう(笑)。だから、味とにおいが特徴的です。これは人間の力ではつくれない。
もう1つ加えると、発酵食品は究極の自然食品です。つまり、何も添加物がない。味噌にしても、大豆とこうじ、それから塩で発酵させてそのまま食べます。添加物も化学調味料も合成も何もない。だから最も体に優しい食べ物だと思いますね。
日本は世界で1番、発酵食品が多い国です。これは気候風土も関係していて、例えば東アジアなら中国、朝鮮半島、台湾、日本。東南アジアだとタイ、ベトナム、ミャンマー、カンボジア、ラオスなどにはみんな発酵食品があります。ところが、日本だけがこうじ菌なんです。韓国も中国も東南アジアも、発酵に使うのはすべてクモノスカビというカビです。そこが違う。
井奥 こうじは日本だけなのですね。
小泉 こうじ菌には2つ種類があります。黄こうじ菌と、黒こうじ菌です。これは日本でしか使っていないし、他の国にはほとんどいない。
2006年にこうじ菌は国菌に指定されました。国の菌です。黄こうじ菌は味噌、醬油、日本酒、みりん、米酢などを作るのに使います。黒こうじ菌は焼酎だけ。沖縄の泡盛、鹿児島の芋焼酎は全部黒こうじ菌です。
国際微生物学会は2013年、沖縄、鹿児島の黒こうじ菌をアスペルギルス・リュウキュウエンシス(Aspergillus luchuensis) と、「リュウキュウ」(琉球)にちなんだ名前を付けました。
「こうじ」の特徴
井奥 醬油の歴史を勉強していると、日本って何だろう、日本人って何だろうということを究極的には考えるわけです。醬油というのは、すごく日本人らしいものだという感じがするんですよね。作っている職人さんを見ていても、こうじ菌と対話するような感じで作っています。毎日コツコツと均等に発酵するように、発酵し過ぎたり遅れたりしないように気にしながら作っている。
小泉 全く、職人はオーケストラの指揮者みたいなものですね。
井奥 その繊細さ、勤勉さも、日本人に非常に合った調味料だなというような感じがします。
小泉 いまや外国に行って、「醬油」と言っても「ソイ・ビーン・ソース」と言っても分からないけど、「キッコーマン」と言ったら分かるんですからね(笑)。
井奥 こうじ菌というのは非常に奇跡的な菌で、こうじ菌の仲間はだいたい毒を持っているのだけれども、こうじ菌だけが毒を持っていないという話を聞いたことがあります。
小泉 アスペルギルス・オリゼー(Aspergillus oryzae)というのが黄こうじ菌で、日本はコメの国ですが、「オリゼー」というのは、イネ(oryza)から来ているんです。コメによく生えるこうじ菌、ということです。
ところが、同じアスペルギルスの仲間には、アスペルギルス・フラバスというのがいます。これは猛毒中の猛毒で、アフラトキシンという、大変強い発がん性の物質をつくってしまう。分類学的には同じアスペルギルスですが、日本のアスペルギルスは毒をつくらない。これは日本のこうじの特徴の1つです。
それから、もう1つはっきりしているのは、日本のこうじだけが、穀物一粒一粒にばらばらにカビが生えるのです。これを「散(ばら)こうじ」と言います。
ところが、朝鮮半島から向こう、日本以外のこうじは、すべて「餅(もち)こうじ」です。つまり、だんごの形をしていたり、お餅の形をしていたり、レンガの形をしている。ですから、その点でも全く違う。
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