【三人閑談】
"接着"の世界
2017/11/01
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長谷川 豊(はせがわ ゆたか)
ヤマト株式会社代表取締役社長。1981年慶應義塾大学商学部卒業。ニューヨーク・ペース大学でMBA取得。米国プライベートバンクでの投資顧問等を経て2000年7月より現職。
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岡部 貫(おかべ かん)
セメダイン株式会社代表取締役社長。1983年慶應義塾大学経済学部卒業後、鐘淵化学工業株式会社(現株式会社カネカ)入社。2015年執行役員、2017年4月より現職。
歴史ある日本の接着剤
髙村 私どもの会社は、BtoB(企業間取引)の製品が多いのですが、瞬間接着剤のアロンアルフアというものがありまして、これは一般消費者向けの商品として多くの方にご愛顧いただいています。
会社の生い立ちも実は、慶應とゆかりがあるんです。さかのぼると、福澤諭吉の次女(房(ふさ)さん)の旦那さんに当たる福澤桃介がつくった会社です。大正のはじめの頃ですね。当時、各地で水力発電の設備がつくられていて、福澤桃介も電力開発を積極的に行いました。その電気を有効に活用するために、名古屋地区に化学工場をつくったというのが最初です。桃介の息子などが社長を務めていたことがあり、今は国内に8カ所、海外にもいくつか工場があります。
化学の会社なので、なかなか一般の方には馴染みがないのですが、大正初期につくり始めた、食塩水の電気分解でつくるカセイソーダや塩素などは、いまだに世の中で多く使われています。
瞬間接着剤は私どもだけではなくて、セメダインさんも含めて多くの会社が世界中で販売されていますね。
長谷川 私のところは、東亞合成さんやセメダインさんと違って、ローテクな分野です。
私自身、商学部出身で、村田ゼミというところにいたものですから、その関係ですぐ海外に行きました。アメリカの大学に留学して、そのまま向こうの銀行に入ってしまいました。そして2000年、家業であるヤマト株式会社が100周年の時に入社したという経緯です。
岡部 歴史のある会社なんですね。
長谷川 1899年、4代前の木内弥吉という人が始めた会社です。この人は薪炭商で、当時は炭を販売用の小分け袋に入れるのですが、その袋貼りに使う糊がすぐ腐ってしまい、困っていました。そこで米のでんぷんで防腐剤と香料を使い腐らない糊を開発したところ、非常に評判がよかった。また当時、糊は自分で作るか量り売りの時代でしたが一定量入れた販売を考え、初めて瓶容器入りの糊を開発したのが端緒だったようです。『ヤマト糊』と命名し、今も尚ご愛顧いただいているロングセラー商品です。でんぷん糊は今、主にうちと大阪にある会社の2社がつくっています。
さらに、おかげさまで、1975年に出したアラビックヤマトという商品がたいへんヒットしました。最近では、ロールタイプの付箋が売れています。
現在、国内では文具が70%、30%弱が主に自動車関係の塗装用に使うマスキングテープ、ブラックアウトテープというものを加工販売しています。
近年は少子高齢化で学校需要も減ってきて、新しいことをしなくてはいけないというので、ホビークラフト関係にも力を入れています。お年寄りや子どもたち、もしくは趣味の方々向けの商品です。糊を使うことは手先を使うことでもあり、お年寄りには喜んでいただいています。
また、「ヤマト糊 ボトル」は、先日「TOP AWARDS ASIA」という、アジアにおいてデザインされたパッケージデザインを対象とした賞を受賞しました。
ヤモリの足裏を研究
岡部 セメダインは、1923年に今村善次郎という人が、谷中の自宅を改造して研究所兼製造所、商店を開いたのが始まりです。今村さんは、化学のバックグラウンドが一切なくて、いきなり接着剤をつくろうとしたそうです。トライアンドエラーを繰り返した結果、約20年近くたって1938年にようやくニトロセルロース系の「セメダインC」という、黄色いパッケージのものを出して、これが模型飛行機用に大ヒットしました。
髙村 日本で最初の合成接着剤ですね。
岡部 当時は、でんぷんや膠(にかわ)などしかなかったんですね。
それからシリコーンのシーリング材を出したり、自動車用のコーティング材や接着剤など、多様なものを出しています。今は総合シーリング材・接着剤メーカーという感じです。
セメダインCのおかげか、一般消費者用の商品のイメージが非常に強いと思うのですが、一般消費者用は売り上げ構成比でいうと16%ぐらいです。特に近年は、変成シリコーンポリマーを活用した弾性接着剤に注力しています。
これは約25年前にセメダインが提唱したわけですが、強力な接着剤というよりは、剝がれない接着剤というコンセプトです。割と軟らかいタイプなので、基材が動いても界面が基材の動きに追従するため、応力緩和になって剝がれない。
また、接着するということ以外に、たとえば導電性を持たせたり、耐熱化したりとか、くっつくけれども剝がしやすい「はく離性」といった機能をいろいろ付けたものを出しています。
髙村 普通、接着剤というと、とにかく固めるものが多いですが、セメダインさんが開発しているような、ある程度弾性を持っている接着剤というのは本当に画期的で、これは真似しようといってもなかなか難しい。
岡部 最近は、くっつけるだけではなく、剝がせるようにするという方向でのニーズも結構あります。
実は、生物の模倣という技術があります。ヤモリという生き物がいますが、ヤモリの足裏は、くっついて剝がれて、ということを繰り返して、ガラスの上でもどこでも歩ける。あのヤモリの足裏のようなものが再現できれば、くっついて剝がれるという接着剤ができるのではないかということで、うちの研究部門でも、ヤモリの足裏を観察しています(笑)。
髙村 ガラスも実は表面がでこぼこしていますから、ヤモリの足裏の細かい毛が、そこにぴったりくい込んで離れない。それが、あたかもくっついているように見えるということだと思います。
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髙村 美己志(たかむら みきし)
東亞合成株式会社代表取締役社長。1978年慶應義塾大学工学部、80年文学部卒業後、東亞合成化学工業株式会社入社。2010年取締役、2015年11月より現職。