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【三人閑談】
よみがえる獅子文六

2017/03/01

発見しがいのある作家

牧村 文六さんの作品で、これが一番好きだ、というものはありますか。

岩田 父のイメージとして、男らしいというか、うちではあまりユーモアを言うような人ではなかったので、やはり『大番』のような、男らしい人が出てくる作品のほうが好きですね。

山崎 『大番』も映画が大ヒットしました。

牧村 加東大介が主演ですよね。

山崎 私は『コーヒーと恋愛』から入ったのでやはりこれをお勧めしたいけれど、男の人はまた違う意見かもしれません。

牧村 僕はやっぱり『娘と私』だな。自伝文学の傑作だと思います。明治から昭和にかけて活躍したジャーナリストで歴史家の徳富蘇峰という人がいます。長寿で、戦後まで生きていた人ですが、その徳富蘇峰が『娘と私』を絶賛したという話があります。

子供を持った親、特に娘を持ったお父さんが読むテキストとして、とてもいい小説だと思います。僕なんかはどうしても昭和の時代とクロスさせて読んでしまうけれど、そうしなくても、自伝文学を読む喜びみたいなものを感じます。『福翁自伝』は代表的な自伝文学として知られていますが、それと並びうる作品だと思います。

これから読まれる方は、『コーヒーと恋愛』や『七時間半』など、まず最近読まれている作品から入って、面白いなと思ったら『娘と私』を読むと、これを書いた作家がどういう人かがよく分かると思います。あと、『悦ちゃん』もいいですね、さわやかで。『信子』という小説もいい。現代版「坊っちゃん」ですが。

山崎 続々と復刻が出ていますが、まだ出ていないものもたくさんありますよね。『箱根山』とか。あと、私は短編がすごく好きなので、短編集がもっと出るといいなと思います。昔古本屋で買っていたような。

牧村 古本屋には結構ありますか。

山崎 一時期より減ってしまいましたが、古いものだと、獅子文六さんの本は装丁のしゃれたものがとても多いので、それをいまだに集めています。『七時間半』も、函入りで、フライパンに目玉焼きがのっているみたいな、かわいらしい表紙です。あと、『断髪女中』はコバルト叢書ですから東郷青児さんの装画ですが、別バージョンもあります。人に貸したきり返ってこないんだけど(笑)。

牧村 戦後、四国を舞台にした短編がいくつかあるのですが、あの時代の事情をよく知ると面白く読めるけれど、知らなくても面白い。人間観察が独特というか、決して甘くない。でも、冷たくない。美談や人情話に落としこまない。人間とはこんなものだよ、概念では見てはいけないよというのでしょう。

山崎 掘り甲斐があるというか、発見しがいのある作家ですよね。いま復刊されているものとはまた違うタイプの作品もあるだろうし、もっと発掘していけたらいいなと思います。

※所属・職名等は本誌発刊当時のものです。

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