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【三人閑談】
よみがえる獅子文六

2017/03/01

新鮮な女性描写

山崎 若い女性たちに読まれている理由のひとつが、女の人の描き方がとても上手なことだと思います。強い女性ばかりを一辺倒に描いているわけでもなく、容姿もそんなに美人ばかりではないけれど、描き方がとても上手で、チャーミング。女性の独立心みたいなものも感じられます。

『コーヒーと恋愛』も、コーヒーを淹れるのが得意な女性が主人公ですが、ダメな若い亭主や、彼女のコーヒーの腕前だけを欲しい人たちを捨ておいて、ヨーロッパに旅立つ、という結末に女性たちはすっきりするんじゃないでしょうか。『七時間半』も、登場する女の子たちがとても潔い。逆に、いまの文学にそういう女性像が足りていないところがあるのかなと思います。

牧村 なるほどね。

山崎 『断髪女中』(1940)は古い作品ですが、モガみたいな女中が出てきて、「えっ」と思うようなモダンなことを言う。こういう女性像って、文学史の表にあるような作品からはなかなか見つけられない。そこがいまの女の子たちにとっては新鮮なのかなと思います。

岩田 私からすると、父が女性のことを研究している姿はピンとこないのです。なので、後に父の作品を読んで「なんでこんな女性のセリフが言えるのかな」って不思議でした(笑)。

山崎 『娘と私』でも、娘さんの描き方やその接し方ってすごくいいなと思います。

牧村 文六さんは、バックボーンとして昭和モダニズムの人だと思います。大正教養主義の次の世代ですね。昭和モダニズムとは、新劇がそうですが、モガのような新しい女たちが街に出てきた時代です。

戦前、文六さんは彼女たちを取材していた。例えば、「あんみつ」というのが百貨店で働く女性たちのあいだで人気だと聞くと、そういった女性たちに集まってもらって、何がおいしいのか、これは何と呼ぶのかなど、生の言葉をメモしていったとか。

山崎 いい話ですね。

牧村 昭和10年ごろだと思いますが、当時から若い女性の感性をキャッチする技術も持っていたし、頭もあったのではないでしょうか。

ユーモア文学の系譜

牧村 彼は新劇ですが、同じ新劇でも築地小劇場になるとちょっと古い。その次の世代ですね。いわゆるプロレタリア演劇と芸術至上主義の両方でぎりぎりやり合った時代です。

文学座ですから、芸術至上主義のほうだけど、フランスで演出家ジャック・コポーなどに学んだのは、実験的な演劇術だけでなく、客に喜んでもらわなければ芝居は成り立たない、自分たちだけで喜んでいるやつは駄目だ、プロレタリア演劇は、芸術をイデオロギーの下に置いているからもっと駄目だ、という考えです。

彼は芸術至上主義のほうですが、やせ細くならないのは、幅の広い読者や観客があってこそ芝居なんだということをパリで学んだからでしょう。新聞小説にも通じる考えです。

山崎 私はモダニズム文学も好きですが、そういうものは戦争とともに消えてしまいました。そのなかで、獅子文六が戦後になってもう一度人気作家になったというのは、そういう大衆性が身に付いていたからではないでしょうか。

牧村 1920年に創刊された『新青年』というモダニズムの雑誌がありました。彼も若い時に寄稿しています。だから、おしゃれな若者たちが飛びつくようなものに対する感覚はきっとあったんだろうな。岩波的な大正教養主義とはちょっと違う。

山崎 そういうものが生き延びて戦後にまた続けてくれていたというのは、私たちの世代からするとすごくありがたい。

牧村 やはり文壇で主流じゃなかったからでしょう(笑)。

山崎 その、主流でないからこその魅力がある。

牧村 笑いなんてまさにそうです。いま、朝日新聞で漱石の「吾輩は猫である」が改めて連載されていますが、漱石自身その後、笑いを書かなくなってしまう。だから、笑いの系譜というのは日本の近代文学では非常に薄いでしょう。

山崎 戦前はユーモア文学みたいなものが結構あるのに、すっと無くなってしまった感じがしますね。あと、主流じゃなかったからこそ、私たちの世代としては、「自分たちが見つけたんだ」という気持ちになったりもします。

牧村 そういうのはあるかもしれませんね。

岩田 私が知っている父は60歳を過ぎていて、そのころは60歳というと本当におじいさんです。もともと無口な人で、そんなに面白いおしゃべりをする人だという記憶はありません。

ただ、いろいろなものに面白い名前をつけていましたね。亡くなるちょっと前ぐらいにゴルフの集まりを主宰していましたが、その名前が「吹き溜まり会」(笑)。みんな年を取って、いいスコアも出せなくなって、落ち葉みたいに溜まっているけれど、たまに風が吹いてパッと舞い上がる時があるから。そういうネーミングはうまいというか、らしいなと。

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