【三人閑談】
よみがえる獅子文六
2017/03/01
慶應・福澤とのかかわり
牧村 慶應とのかかわりということでは、文六さんは幼稚舎から普通部、そして大学理財科から文科に転じています。そして、文六さんのお父さんは福澤諭吉の門下生でした。
岩田 祖父は岩田茂穂といって、福澤先生と同じ、中津の出身です。最後には福澤先生を尊敬して慶應義塾に入りますが、当初は福澤先生の先進的な思想に反発して、先生を暗殺するグループに加えさせられたりもします。そして、そこから寝返って、先生の門下に入ったという話を聞いたことがあります。
山崎 ドラマチックですね。そのことも小説化してほしかったな。きっとすごく面白かったでしょう。
岩田 祖父と福澤先生とのつながりはかなり深かったようです。慶應義塾に入って、先生の指導などもあったと思いますが、アメリカに1年間留学し、帰ってから横浜で商売を始めます。結婚した相手の父親は三河の平山甚太という人で、横浜で花火師をやっていました。旅館も経営していて、中津出身の慶應義塾の方が利用していたらしいのです。そこの娘さんと祖父が結ばれたんですが、その紹介をしたのが小幡篤次郎先生です。
父の「豊雄」という名前も、中津=豊前の国の「豊」という字からとっています。その名前をつけてくださったのも小幡先生だと聞いています。
牧村 戦後、文六さんはそれまで住んでいた大磯から赤坂に引っ越された。それはお子さんの教育のためだったそうですね。その時から慶應に入れようと考えていらっしゃったのでしょうか。
岩田 幼稚舎とは決めていなかったようですが、どこか東京の学校に入れたいということはあったみたいですね。
牧村 慶應の出身で、文学座を一緒に立ち上げた久保田万太郎も文六さんと同じぐらいの年代ですよね。元塾長の小泉信三先生も。
岩田 そうです。普通部に進学したころ、小泉先生が大学生で、テニスを教えてくれたこともあったそうです。
作家だと、小林秀雄さんも湘南にお住まいだったので、親しくしていました。あと、赤坂で家が近かったこともあって、吉川英治さんもですね。
合理主義的な生活
山崎 大磯の家は『娘と私』に出てきてすごく印象的でしたが、赤坂のお家は『青春怪談』に出てくるような文化住宅だったのですか。
岩田 いえ、そこが不思議で、『青春怪談』は昭和30年の出版です。赤坂に引っ越したのは昭和33年なので、時代的にはちょっと合わないんです。どうやって赤坂のことを書いたのかなと。
山崎 なるほど。あの作品だと、ユニットキッチンとか、今風のすごくモダンなお家で、ヒロインが息苦しいみたいに描かれていました。
岩田 自分の家については、そんなにこだわっていなかったように思います。
山崎 書斎はどんな感じでしたか。
岩田 書斎は和室と洋室と2つを使っていました。その時の気分で、畳の部屋で書いたりテーブルで書いたり、使い分けていました。
牧村 やはり万年筆でしたか。
岩田 いや、シャープペンを使っていました。
山崎 シャーペン! 意外。
牧村 さすがモダンだなあ。
山崎 どのメーカーのシャーペンだったんだろう。すごく気になる(笑)。
岩田 そういうところも合理主義が出てくるのかもしれませんが、どうしてもこの文房具でないと、というのはあまりなかったようですね。
山崎 生原稿もお家に残っているのですか。
岩田 神奈川近代文学館にほとんどをお預けしています。
山崎 ぜひ獅子文六展をやりましょうよ。
牧村 僕は『二つの昭和』を書く時、神奈川近代文学館にはずいぶん通いました。あそこには文六さんの資料がものすごくたくさんあります。去年ぐらいかな、文六さんについて何かやりたいという話をしていましたよ。
山崎 生原稿も見てみたいし、愛用の品とかも知りたいです。食べ物のエッセーも書かれていますが、いつもどういう朝ご飯を食べていたのか、ものすごく気になります(笑)。
岩田 朝はパン食でしたね。普通のトーストを食べていました。
牧村 朝は必ずパン?
岩田 はい。それにコーヒーですね。
山崎 コーヒーにはこだわりがあったのでしょうか。
岩田 まだ種類もそんなにない時代でしたが、インスタントではなくて、パーコレーターに粉を入れて。
牧村 へえ、当時としてはしゃれていますよね。
岩田 祖父が横浜の外国人居留地の近くで商売をしていましたので、そこで小さい時からいろいろな外国の人を見ていたということはあると思います。あと、幼稚舎に入ってからも三田の寄宿舎に入っていましたので、そういったところでも新しいものを見ていたのかもしれません。
山崎 新しい情報にはやはり敏感だったのでしょうか。
岩田 興味のあるものとないものとがはっきり分かれていたみたいです。人の話を聞いていても、自分に興味のある内容になると急にむっくり起き上がる、みたいな感じで(笑)。
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