三田評論ONLINE

【三人閑談】
世界に広がるBENTO

2016/12/01

「仲間意識」をもたらす

加藤 お花見弁当というのは、何人かで一緒に食べるというものですよね。コンビニ弁当みたいに1人で食べるものとは違う。

前田 そうなんですね。お花見弁当が他と決定的に違うところは、大勢用のものは必ずお酒入れが付いているんです。お皿は人数分付いていますが、酒杯は1つだけです。これは必ずそうなんですよ。なぜかというと、1つの杯をみんなで回しながら飲むというのは、「俺たちは仲間だよ。一蓮托生で、強固な結び付きですよ」という連帯を意味する。そのために杯を回して、1つの杯で飲む。

加藤 なるほど。

前田 私がコレクションした中で、酒杯が2個付いているものはありません。何人で食べても酒杯は1つだけ。お花見弁当は、ただ「食をする」という意味だけではない意味が込められているんです。

ベルトラン 日本の地域によって、弁当箱の形が違うということはありますか。

前田 場所によって、漆の塗り方が違ったりはしますが、形の違いはあまりないです。ただ、材料の違いはあります。あとは身分の上下によって、例えば高貴な人は、銀でできたものとか、すごい蒔絵が入ったものを使う。そうでない人は、孟宗竹などを半分に切った、簡単な竹の弁当箱です。山に入っていく木こりの人などが、腰に付けていく簡単なお弁当箱ですね。

「半端者」と言う言葉があるでしょう。あれは、働きの悪いやつは半分の竹のほうしか食べさせてもらえないところから来た言葉(半飯者)と言われています。

加藤 そうなんですね。

前田 加藤さんが御著書の中で、「お弁当を一口だけ残しておく。そうすると悪霊が出てきたときに、その一口を食べると悪霊は退散する」と書かれていますが、それも本当です。

一口残しておくのは、もう1つ理由があります。自分が遭難したとき、最後の一口を残しておいたことで、生き延びることができる。山で猟や木こりをやったりして無事に帰り着いたら、その一口を神さまに供え、「無事に戻りました」とありがたく感謝する。こういう精神性も日本のお弁当箱にはあるって、マタギのおじさんが言っていました(笑)。

ベルトラン 徳島県にしかない弁当箱があるそうですね。

前田 ああ、遊山箱(ゆさんばこ)ですね。女の子が7歳のときにもらう。いまでもあります。これは必ず3段と決まっているんです。

ベルトラン いまそれを作れる職人さんがいないので、最近、それがあまりなくなってきたらしいです。

前田 ええ、だから代々お母さんの使ったものを娘が受け継いでいくという形になっているらしい。でも、最近また見直されてきて、遊山箱パーティーを始めたりしているところがあるみたいですね。

遊山箱って、何段目かにお菓子が入っているんです。それを女の子たちが野原でワーワー言いながら楽しむ。やっぱりお弁当というのは楽しいもので、〝ケ〟じゃなくて〝ハレ〟なんですよ。弁当箱は〝ハレ〟のときにしか使わない。

弁当箱を支える職人芸

前田 ベルトランさんはご自身で弁当箱のデザインも起こすんですか。

ベルトラン たまにしています。いまオリジナルは10種類ぐらいで、よくプラスチックのメーカーさんに提案したりしています。

メーカーさんは石川県の山中町にあって、昔は漆器のお椀を作っていたのですが、80年代くらいに漆器をやめて、弁当箱を作るようになりました。加賀の山中温泉には、型を作る会社も、プラスチックの会社もあるから、そこで全部作れるんです。

職人さんが1つずつ作っているので、プラスチックの弁当箱ですが、すごく手間がかかっています。うちで一番売れているのは、その加賀で作っている弁当箱です。プラスチックだけどクオリティが高い。

前田 一番売れるのはやはりプラスチックですか。

ベルトラン ええ、そこは日本と一緒ですね。扱いも楽だし、簡単に洗える。

前田 落としても割れないし。

ベルトラン 木の弁当箱も売っていて、会津工芸の弁当箱がよく売れています。あとは曲げわっぱですね。

曲げわっぱは秋田杉で作るので、何個作れるかは毎年決まっています。樹齢100年ぐらいの木を採って、1年間置いてから作るので、とても手間がかかります。でも海外のコレクターの人は「この職人が作った曲げわっぱが欲しい」と言ってきます。

前田 曲げわっぱはいま外国の方がすごく注目していますね。例えばワインなどを冷やすために、金属のワインクーラーに氷を入れると、周りに水滴が付いてしまうでしょう。曲げわっぱは付かないんですよね。

中にごはんを入れると、水蒸気を吸うからおいしい。昔、炊いたごはんをお釜からお櫃に移したじゃないですか。あれと同じです。

加藤 そうですね。

ベルトラン フランスに帰ったとき、三ツ星レストランに行ったら、いろいろな種類のパンがあって、それがお櫃に入って出てきたんですよ。機能的なのはもちろんですが、日本のものをちょっと取り入れると、おしゃれに見えるんですね。

前田 おしゃれだね、たしかに。

ベルトラン 外国の人には「これは職人さんが作ったこの1個しかない」というのが魅力的なんです。日本人にはあまりピンと来ないかもしれません。

加藤 だからこそ、弁当箱を作る職人さんにとってはチャンスでもあるんですね。

前田 いまは漆採集の漆搔き職人が減っています。また、漆を搔くための漆搔き刀も、作る人が少なくなっている。日本は、戦前は1万トン以上漆があったけれども、いまはもう国産漆の生産は数トンだと思います。「japan」って小文字で書いたらこれは漆器のことです。この「japan」を、大事にしないといけない。

わっぱもいま、職人が少ないでしょう。わっぱは、昔は漆器に比べて安物でした。いま、わっぱのお弁当箱なんて何万円もしたりします。ベルトラン 一番安いのが8000円からで、3万円くらいまであります。うちでも、注文してだいたい3カ月から半年ぐらいお待ちいただきます。日本人のお客さんからも注文が来ますね。

前田 あの木の香りがいい。わっぱの綴じ面は山桜の皮で綴じますが、皮は夏の間しか採ってはいけないんですよね。桜皮のヒモを通してピュッと締める。それも含めて1つの絵模様景色になっているんです。僕に言わせれば、これこそ日本人の感性、美意識です。

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