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【三人閑談】
世界に広がるBENTO

2016/12/01

お弁当とジャポニカ米

前田 民俗学者の柳田國男さんがこんなことを言っています。「いま起こった事象はすぐ直前にその原因があるように思えるけども、そうじゃなくて、その1年前、10年前、50年前、100年前、ひいては500年、1000年、2000年前にその原因がある」と。

お弁当はどこから発生しているかというと、日本にお米が伝わったときから始まっていて、東京農大の先生の話だと、縄文時代の後期のほうにプラントオパールという遺物があり、そこに稲の痕跡があった。弥生時代に入って稲作が盛んになります。いまのお米は、たしかに冷めてもおいしい。これはジャポニカ米(箸文化)のおかげです。もしインディカ米(手食文化)だったら、日本のお弁当文化は花開かなかったと思います。箸文化は手先が器用になる。

加藤 かもしれないですねえ。

前田 ジャポニカ米は粘り気があります。あの成分が、お弁当のお米の、冷めてもおいしい原因なんですよ。

お弁当が発展した理由として、近代以降の2つの要因があると思います。1つは自動炊飯器、電気釜の普及。僕が小さいときは、母がガスでお米を炊いていました。前の日の夜にセットしておけば翌朝ごはんが炊けている、なんてことはなかったんですよ(笑)。

それと電子レンジ。金属の器だと放電してしまうから使えませんね。タッパーであれば使えるものもあります。この2つの普及は大きいと思います。

加藤 電子レンジの影響は大きいですよね。フランスで広まったのも、電子レンジで使えるからですよね。

ベルトラン そうですね。

前田 漆塗りの弁当箱なんて、電子レンジに入れたら一発で駄目ですからね(笑)。

ベルトラン でもたまに、お客さんから「曲げわっぱを電子レンジで使いたい」という要望が来ます。本物の曲げわっぱではないですが、木でも電子レンジOKのアイテムがあります。

加藤 フランスでは、お弁当にお米を入れることも多いのですか。

ベルトラン はい。お米ももちろん食べています。ただし、ジャポニカではなくて、イタリアや南フランス、アメリカの、ちょっと細長いお米です。フランスでは、お米とパスタは同じものと考えます。日本だとよく「パンかライス」と聞かれますが、向こうでは考えられない(笑)。水とフォークとナイフとパンまでがセットで、パンは絶対に必要です。

フランスでは、お米は茹でます。パスタと同じで、水と塩をいっぱい入れてしっかり茹でる。

加藤 炊くのではなくて茹でるんですね。

ベルトラン そうです。パスタと一緒でちょっとバターを付けて、塩を振って食べます。だいたい魚料理と一緒のことが多いです。

最近はヨーロッパでも炊飯器が売られていて、炊く人も出てきました。でも日本みたいにすばらしい炊飯器はないですね。

弁当箱以外に、おにぎり用の商品も外国人に人気ですね。おにぎりを入れるケースとか。

前田 半年前にフランスへ行ったのですが、スーパーへ行ったら「コシヒカリ」とか「ササニシキ」を売っていましたよ。

ベルトラン 日本の文化が好きな方はおにぎりを作っています。簡単に作れるからですね。日本人みたいな生活ができるからうれしい。僕は子供のときに日本のアニメを見ていたのですが、『ドラゴンボール』でおにぎりを食べていた。それが何か当時は全く知らなくて、メレンゲをチョコレートで包んだものだと思っていました(笑)。

前田 おにぎりやお米を食べたのは、日本に来てからですか。

ベルトラン そうですね。最初、日本のお米はあまり味がしないと思っていたんです。フランスでは、魚や肉などのソースと一緒にお米を食べるからです。あと、これは私の家族だけかもしれませんけど、私はごはんにレモンをかけます。

加藤 ええっ。

ベルトラン 大好きです(笑)。塩とレモンが大好物なので。結構日本のお米でも合うと思っているんですけど、最近はやめています(笑)。やはり味って勉強しないといけないですね。和食もこの10年間いろいろ食べてきて、「これ、すごくおいしい!」と感じるものが増えてきました。

お弁当は記憶を喚起する

加藤 お弁当に関する話って、なぜか盛り上がるんですよね。子供のときにお母さんに作ってもらって学校に行ったとか、友達と比べて恥ずかしかったとか(笑)。みんないろいろな思い出があるじゃないですか。

前田 ありますよね。

加藤 弁当箱そのものも大事だけれど、それがきっかけになって、いろいろなコミュニケーションが始まると思います。

僕もこの本を出したあと、同僚からいきなり話しかけられました(笑)。年上の男性の先生ですが、やはりすごく思い出があって、聞いていると、要するにお母さんとの関係のお話なんですよ。お弁当の話なのだけど、それを作ってくれていたお母さんと自分との関係を思い出したそうで、お弁当ってそういうものなんですね。

前田 僕がお弁当を持って行くようになったのは中学校くらいで、日本が戦後の経済成長を始めたころです。でも貧富の差があった。公立の学校だったんですが、お弁当を食べるときに蓋で隠して食べている子がいっぱいいたんですよ。

そういうお弁当が、いまだに強く印象に残っています。だからこそ、弁当箱は豪華なものがいいなあ、お弁当は楽しく食べたいなあという気持ちが強いんです。お弁当って、そういう自分が生きてきた時代も思い出させるものですね。

加藤 たしかに、時代によってお弁当もまったく違いますよね。

僕たちの世代はむしろ両親が、子供に対して、とにかくたくさん食べさせてあげようという時代でした。「食べ物だけは」という想いで豊かに育てられたから、僕らの世代は、お弁当に対してわりと良いイメージを持っていると思うんですよ。

前田 僕らのころは、出来合いのお弁当なんて、駅弁ぐらいしか売っていなかったからね。コンビニエンスストアもないし。

加藤 やはりコンビニからですね、お弁当を買うことが広がったのは。

ベルトラン フランスはコンビニがないんですよね。小さなスーパーはあるのですけど。

今年3月から、パリでJR東日本のPR列車が駅弁を売ったんですよ。中も全部和食で、パリのリヨン駅で売っていました。大好評でした。

前田 日本の駅弁は、そこの地域の特産のものを売っているじゃないですか。フランスでもそうなのですか。

ベルトラン そうなったらいいと思いますね。フランスのTGVのごはんはおいしくない(笑)。せっかくパリなら、パリの食材を使って、冷めてもおいしいお弁当ができたら人気が出ると思います。

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