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中川龍太郎:モスクワ国際映画祭で批評家連盟賞

2017/10/01

  • 中川 龍太郎(なかがわ りゅうたろう)

    映画監督、脚本家
    塾員(平25 文)。新作『四月の永い夢』が第39回モスクワ国際映画祭の国際映画批評家連盟賞とロシア映画批評連盟特別表彰のダブル受賞。

  • インタビュアー石川 俊一郎(いしかわ しゅんいちろう)

    慶應義塾高等学校教諭

モスクワ国際映画祭での快挙

──今回の国際映画批評家連盟賞とロシア映画批評連盟特別表彰のダブル受賞、日本人では初めてということで、本当におめでとうございます。世界4大映画祭の1つでレッドカーペットを歩いた気分はいかがでしたか。

中川 ありがとうございます。これまでもいくつかの海外の映画祭に呼んでいただいたことはありましたが、今回は多少いつもと違う気分がありました。

その場で、日本のメディアの方が一斉に声をかけて下さったのが新鮮でした。現地の方々が、僕たちがレッドカーペットを歩いているときに拍手して下さったり、サインを求めて下さったり、不思議な感覚でした。

──プレス向けの上映で、大変評価が高かったと聞きました。

中川 プレスの方から自然発生的に拍手が上がりました。ロシアの批評家連盟の方もとても評判が良いと言って下さり、初めてこの映画について若干の手応えを感じた瞬間でした。

──帰国後の反応は。

中川 ドバイ経由で帰路に着いたのですが、空港でWi-Fiを繋げたら、150通ものメッセージが来ていました。あれ、俺、そんなに友達いたかな、と(笑)。

──そもそも出品を決めたとき、何か賞を取れるという予想はありましたか。

中川 一切思わなかったですね。自分のこれまでの映画祭のキャリアでは、東京国際映画祭の日本映画スプラッシュ部門が最も高い評価でした。コンペティションへの参加さえ初めてだったので、参加できるだけで十分でした。

以前より海外での活動ということは視野に入れていましたが、まさか賞までいただけるとは思っていませんでした。

モスクワ国際映画祭のレッドカーペットにて。中川さん(中央)と石川教諭(右)

映画の製作過程

──中川さんとの出会いは3年前。下北沢トリウッドでの『愛の小さな歴史』の再上映でした。中村映里子さんという女優が見たくてこの映画を観たら、すごくいい。うまい監督だなと思っていたら、慶應の国文の後輩だと。

中川 そうでしたね。それでご連絡を下さり、塾高で上映の機会を作っていただきました。その後も石川先生には様々なかたちでご支援していただき、今回の『四月の永い夢』では「製作総指揮」に名を連ねて下さりました。

──今作は第一稿から読ませていただいいていますが、そのときの感想としては「面白いけど長い」(笑)。3時間分くらいありましたね。

中川 それを削って2時間の脚本にして、編集で90分にしました。

──撮影について、何かエピソードはありますか。

中川 桜のシーンがあったので、それは先に絶対に撮らなければなりませんでした。菜の花と桜を一緒に見られる場所が埼玉にあったのですが、そこで桜が見られる日取りの中で主演の朝倉あきさんが空いているのは、ある日の午前中だけでした。去年の桜のシーズンはなかなか晴れる日がなかったのですが、たまたまその日のその時間帯だけ晴れました。

運があるな、これで何とか最後まで撮れるんじゃないかな、と思いました。

──正式なクランクインは7月でしたが、クランクインってどんな気持ちなんでしょう。

中川 文化祭や体育祭の初日の気分に近いかもしれません。どちらもあまり一生懸命やったことがないので、正確には分からないですが(笑)。

「これから始まるぞ」というドキドキが全員に充満します。映画のたびに新しい俳優さん、スタッフさんたちと仕事するわけですから、毎回新鮮な気分でいられます。

──現場の役者やスタッフをまとめるというのは大変な仕事だと思います。

中川 もちろん大変なこともあります。撮影も録音も、それぞれの専門家がいて、当然、その分野に関して彼らのほうが知識も経験もある。だから、場合によってはベテランの監督さんでも技術部の方と摩擦が生じることもあると耳にします。でも、だからこそ、そこは当然のこととして考えて、最初の時点でどれだけ熱を全体に宿せるかが、監督の役割として大切だと思っています。

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