三田評論ONLINE

【演説館】
星野裕志 :社会的課題をビジネスで解決する

2020/02/21

  • 星野 裕志(ほしの ひろし)

    九州大学経済学研究院教授/ユヌス&椎木ソーシャル・ビジネス研究センター長・塾員

ソーシャル・ビジネスとは

社会的な課題に対して、事業を通じて解決する「ソーシャル・ビジネス」という考え方がある。従来のビジネスが利益の最大化を主たる目的とするならば、ソーシャル・ビジネスは、社会的意義というソーシャルの面と事業性というビジネス面の2つの目的を両立させるビジネスモデルだと言える。

社会的な課題には、一方でかつて国連ミレニアム開発目標(MDGs)に示されたような開発途上国における極度の貧困と飢餓、初等教育の浸透、ジェンダー平等と女性の地位、乳幼児死亡率、妊産婦の健康、HIV/エイズや疾病のまん延、水資源へのアクセスといった基本的な生存に関わるものがある。他方、先進国である日本においては、少子高齢化だけに限定しても、生産年齢人口の減少、医療費の高騰や財政的な負担、過疎化、介護人材の不足など様々な問題がある。これら多くの未解決な課題に、新たな視点からのアプローチが求められている。

それは単なる社会貢献としてではなく、C・K・プラハラード教授が世界人口の約7割を占めるBOP(Base of Pyramid)にこそ従来のビジネスがアプローチしていない手付かずの市場(untapped potential)があることを示したように、未だに解決されない課題や痛みが存在するからこそ、新たな事業が展開され得るとも考えられる。

また、経済産業省のソーシャル・ビジネス研究会は、ソーシャル・ビジネスの要素として、社会性、事業性、革新性の3点を挙げている。すなわち、社会的課題の解決に取り組むことを事業活動のミッションとすること、その達成に向けて継続的に事業活動を進めること、その手法として新しい商品・サービス、あるいは課題解決に必要な仕組みを開発することである。

さらに、ソーシャル・ビジネスの提唱者の一人であるノーベル平和賞受賞者のムハマド・ユヌス博士は、従来型のビジネスとソーシャル・ビジネスとの違いを、利己心(Selfishness)と無私(Selflessness)という動機の違いで区分されている。ユヌス博士は、ソーシャル・ビジネスについて、社会的課題の解決、経済的な持続性、環境や雇用者への配慮など7つの原則を提唱されており、その原則の下、世界中でソーシャル・ビジネスが生まれている。

ソーシャル・ビジネスに吹く追い風

近年、ソーシャル・ビジネスへの企業の関心が、明らかに高まっているように感じる。

その理由として、大きな2つの追い風が考えられる。1つ目は、国連がMDGsの後継として提唱した「持続可能な開発目標(SDGs: Sustainable Development Goals)がある。2030年に向けて、17の目標と169のターゲットが示されているが、「地球上の誰一人としてとり残さない」これらの達成は、国連機関や各国政府だけの努力では困難であり、企業や市民を含めた幅広いパートナーシップによる取り組みが前提となっている。実際に、企業のビジョンやCSRレポートにSDGsの概念を組み入れる企業が増えており、17のゴールを17色で表したカラフルなSDGsピンバッジをつけるビジネスパーソンも多く見られる。

2つ目は、投資先企業の選定指標として、ESG投資が重視されるようになったことである。これは、従来の財務情報だけでなく、その企業が環境(Environment)・社会(Social)・ガバナンス(Governance)の3要素にどの程度注力しているかを考慮した投資を指す。GSIA(Global Sustainable Investment Alliance)による統計報告書によれば、2018年の世界全体のESG投資額は30兆6830億米ドルに達し、2016年からの2年間だけで34%も増加している。

日本でも、年金積立金管理運用独立行政法人(GPIF)が2017年にESGを投資原則に組み込み、2018年のESG投資総額は2兆2000億ドルとなった。今後、企業が市場から投資対象として選定される上で、環境、ガバナンスと共に社会的要素にも配慮することが不可欠になるだろう。

ソーシャル・ビジネスへの認識が深まる中で、企業のCSRの考え方も、従来の法令遵守や社会貢献活動から、社会的な課題に対応した商品やサービスの開発へと拡大しつつある。マイケル・ポーター教授が2011年に提唱されたC S V(Creating Social Value)では、共通価値の創造を通して、企業の競争力向上と社会問題の解決との両立が目指されており、まさにソーシャル・ビジネスと重なるところである。

カテゴリ
三田評論のコーナー

本誌を購入する

関連コンテンツ

最新記事