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鵜野レイナ:クマと人間は共存できるのか──クマの人的被害を減らすための検証と知識を広めよう

2019/05/20

  • 鵜野 レイナ(うの れいな)

    慶應義塾大学先端生命科学研究所所員、庄内ワイルドライフリサーチラボ代表

「クマと人間は共存できるのか」という疑問に対する私の考えは「イエス」です。具体的には、クマに襲われて怪我をするなどの事故を限りなくゼロに近づけること。そのため、徹底的に検証して事故の要因や共通パターンを見つけ出し、人間の側が知識と対応策を持つことが共存のカギとなります。

動物であれ人間であれ、すべての行動には、本人が意識している・いないにかかわらず「理由」があります。「なぜ、このような行動をとるのか」と意識してこそ、相手を知ることができます。一見遠回りのように思えますが、警察の現場検証のように徹底的に状況を分析し、対応することによって共存の道が見えてくると考えています。

人的被害を減らす

数年前、秋田県で山菜採りをしていた方々がクマに襲われ、4人も亡くなるという事故がありました。本来は人間との遭遇を避けるはずのクマが、積極的に人に近づき襲ってきたという生存者の証言もありました。クマが「人間は比較的簡単に倒せる」そして「食べられる」ことを学習し、次々と被害者を出してしまったと考えられます。

おそらく、最初の犠牲者は、笹藪の中でクマと鉢合わせ、驚いたクマの出合い頭の一撃で倒れた可能性があります。その後、血の匂いが気になり戻ってきたクマが「食べられるかもしれない」と考え、食害(クマが人肉を食べること)に繫がったと考えています。そして、危険なクマがいることを知らずに、人間がその場所に入ったことで、連続的に犠牲者が出てしまったのでしょう。

日本の野生動物対策の中で、クマについては人的被害をいかに減らすかが最大の課題になります。イノシシ、シカ、サルなどと比べ、クマの場合は農作物被害額が圧倒的に少ないのです(果物や養蜂などは狙いますが)。そのため、農作物被害と人的被害を分けて考える必要があります。農作物被害は、ある程度まで金銭的な解決が可能ですが、人的被害はそれができませんから。クマと人間の共存には、人的被害を減らすことが不可欠なのです。

事故を徹底的に検証せよ

では、事故を起こしたクマはどんなクマなのか。どういった状況で事故が生じたのか。事故が生じた状況を詳しく分析し、クマにとっての攻撃のトリガーとなる状況を作り出さない、もしくはその可能性のある場所に近づかないという、人間側の知識が事故を減らすことに繫がります。いくつかの典型的な事故例を紹介します。

ケース1:自宅前の早朝の事故

例年、自宅の玄関先でのクマによる事故が新聞を騒がせます。玄関を出たところでクマに攻撃されるケースですが、実は、庭に餌となる柿や栗の木がある場合が多いのです。また、林縁部や川に近い家の事例が多いのも特徴です。クマは、よく川や水路などを利用して山から下りてくるからです。

そして、事故は早朝に起こり、被害者の多くがご年配の方々です。なぜか。都会よりも朝の早い、農家出身の働き者(特にご年配の方)は、朝、外が暗くても仕事に向かいます。クマは明暗で時間を判断しますが、人間は時計で時間を確認します。そのため、雨や曇りなど夜明けが遅い日には、夜のうちに庭にやってきたクマと人間が鉢合わせし、不幸にも事故が起こってしまうのです。こうした事故を回避するには、玄関を出る際に歌を歌うなど声を出してから歩き出す(クマに逃げる隙を与える)といった工夫が効果的です。

現場検証を踏まえ、それぞれの事故の共通点や人とクマの行動特性を考えると、原因と結果が繫がってきます。しかし、現実には十分に検証されていませんし、被害者の方でさえも、庭先のクマ出没は庭木が原因であったという認識は少ないようです。

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