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藤井賢一:単位を進化させる──130年ぶりのキログラム定義改定

2019/03/18

  • 藤井 賢一(ふじい けんいち)

    産業技術総合研究所工学計測標準研究部門首席研究員・塾員

単位とは

普段何気なく自分の体重や体温、胴回りなどを測っていませんか(ダイエットのために注意深く測っている方もいらっしゃるでしょう)。そして、その測った結果について家族や医者などと話すときには「単位」が必要ですね。

単位とは、物理量の大きさを表す尺度なので、物理量は数値と単位の積で表されます。十進法による数値の表し方は既に統一されているので、単位さえ統一すれば、国境を越えて物理量の大きさを互いに正しく把握することができるのです。このことは科学技術に限らず、商業や産業、貿易などにおいても重要です。このため、古代から幾つかの基本的な単位が用いられてきましたが、現在では国際単位系(SI)と呼ばれる世界共通の単位が用いられています。

このSIには7つの基本単位があります。例えば「メートル」は北極から赤道までの子午線の長さの1千万分の1としてフランス革命の頃に定義されました。その後、相対性理論が登場し、光の速さが一定であるという法則を利用して、光が一定時間に進む距離として定義されています。「秒」も以前は地球の自転や公転の周期によって定義されていましたが、現在はセシウム原子時計の振動周期によって定義されています。キャンドルを語源とする「カンデラ」も昔は蠟燭(ろうそく)1本分の明るさが基準でしたが、現在では電磁波のエネルギーとして定義されています。

定義改定に至った経緯

このようにSI単位には、人間の五感で感じ取れる大きさの物理量が選ばれてきましたが、科学技術の進歩とともにその定義は変遷を重ね、より普遍性の高い定義へと進化してきたのです。

ただし、質量の単位である「キログラム」だけは、1889年に国際キログラム原器という人工物の分銅によって定義されて以来、一度も変わっていません。そして、メートル条約の加盟国に配られたキログラム原器(国際原器の複製品)の質量を、パリ郊外にある国際度量衡局が国際原器と比較して定期的に校正することで各国の質量の基準は維持されてきました。

しかし、人工物である以上、その安定性には限界があります。過去100年間にわたる国際原器と各国原器の比較などから、原器の質量は表面汚染などで徐々に増加し、単位としての安定性は1億分の5程度が限界であることが分かってきたのです。このため、現代的な手法でその定義を変えるための研究がかなり以前から行われてきました。

それでも、キログラムの定義改定は長らく実現しませんでした。130年前の最新技術である真空冶金技術で鍛造された白金イリジウム合金の質量の安定性がそれだけ優れていたともいえます。当時の技術者が、この合金を使えば1万年経ってもその質量は変わらないだろうと述べたほどです。このため、その安定性を超える精度で、アボガドロ定数やプランク定数などの物理定数を測ることがごく最近までできなかったのです。2012年の科学誌『ネイチャー』では、キログラムの定義改定は重力波検出などと並んで、物理学において解決できていない5つの重要課題の1つに挙げられていました。

ところが近年、これを上まわる精度での測定が可能になり、2018年11月にメートル条約に基づいて開催された総会で、キログラム、アンペア、ケルビン、モルの定義をそれぞれプランク定数、電気素量、ボルツマン定数、アボガドロ定数を用いて同時に改定することが採択されました。そして、2019年5月20日の世界計量記念日から新しい定義が施行されます。

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