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【講演録】鳥の渡りと地球環境の保全

2022/02/16

2万キロを超えるハチクマの渡り

ここまでいろいろな鳥の渡りを紹介しましたが、ハチクマの渡りはそのハイライトです。青森や山形で繁殖するハチクマは、秋の渡りでは島影のない東シナ海700キロを越えます。大陸に入ると、中国の東海岸から少し内陸に入った地域を南下していきます。追跡している時は、どこまでいくのだろうと、毎日コンピュータの画面を見て胸をときめかせながら様子を追っていました。ハチクマは、どんどん南下を続け、インドシナ半島からマレー半島へ入る。そこからさらに南下を続けるのです。やがて、シンガポールを経由してスマトラ島に入ります。ここで一部のグループはボルネオ島に移動し、さらに北上してフィリピンのパラワン島あたりまで行きます。もう1つのグループは、スマトラ島から東に向かい、ジャワ島、小スンダ列島を経て、ティモール島あたりまで行くことがわかりました。まるで空に道があるかのように、定まったルートを飛んでいきます(図3)。

図3 右:ハチクマの秋の渡り、2003~2009年左:ハチクマの春の渡り、2004~2010年。●は 1週間以上滞在した場所。Higuchi (2012) Journal of Ornithology 153 Supplement:3-14

2月になると、日本に向けて春の渡りが始まります。途中までは秋の渡りの経路をほぼ正確に逆戻りしていきます。ボルネオ島のほうで越冬したグループも、ティモール島のほうで越冬したグループも、スマトラ島に戻ってきます。おもしろいことに、春は秋と違って、必ず全ての個体が東南アジアのどこか、あるいは中国南部のどこかで長期滞在します。

これらの中継地で1週間から1カ月を過ごすと、再び北上を続けます。秋の渡りでは、中国の東海岸近くを南下しましたが、春はそれよりずっと内陸部を通っていきます。この様子だと、日本には戻ってきそうにないようなのですが、ちゃんと戻ってくるんです。朝鮮半島の北まで北上すると、なんとそこから半島を南下し、九州に入って東の繁殖地に向かうのです。中には遅れる鳥もいますが、それでもみんな、同じような経路をとります。たくさんの個体を追跡しても同様の結果になりました。

注目されることがいくつかあります。1つは、ハチクマは春と秋の渡りを通じて東アジアのすべての国を1つずつ巡ること。ちょっと信じられないことです。もう1つ、これも驚きですが、戻る先が山形県や青森県などの特定の場所と、多くの個体で正確に決まっています。人間世界の言葉で言えば、何丁目何番地何号ぐらいの精度で決まっているのです。

片道1万キロ以上、春秋合わせて2万数千キロ、しかも春と秋で渡りの経路は大きく違う。にもかかわらず、何番地何号へと正確に戻ってくるというのは、私たち人間にはとても理解しがたいことです。たとえば私がここから「横浜の住まいまで歩いて戻れ」と言われても、おそらくちゃんと戻れないでしょう(笑)。

鳥たちは、地図も方位磁石も、もちろんGPSなんて持たずに、しかも春・秋で異なる、総延長移動距離2万数千キロの経路を辿り、自力で日本の特定地域に戻ってくる。驚くべきことです。

渡りと気象

なぜハチクマは、秋と春で渡りの経路が違うのか。この違いを生み出す鍵になるのは東シナ海です。秋には東シナ海に東からの安定した追い風が吹いています。ハチクマはこの追い風を利用して、700キロの海を渡っています。春の渡りをする5月は初夏とも言えるかもしれませんが、東シナ海とその周辺海域の気候は不安定です。そのような中で海上を西から東に渡るのはたいへん危険です。朝鮮半島から対馬経由で200キロ弱の海を渡るほうが安全です。

図4は最近、天気図でよく見るものですが、矢印の先は風向きを、矢印の長さは風の強さを示しています。図中の小さな○や□が、ハチクマ1個体の移動中の位置を示しています。グレーになっている部分は低気圧、つまり大きな雲のかたまりです。秋は東シナ海に南への追い風が吹いています。ハチクマはこの追い風を利用しながら700キロの海を越えていくのです。低気圧が発達すると、風向きが逆になったりするので留まらざるを得ず、福江島という日本の西の端の島に一旦留まりますが、追い風になると、またみんなで渡っていきます。

図4 ハチクマの秋(左)と春(右)の渡りにおける東シナ海上の風向きの例
Yamaguchi et al. (2012) Journal of Ethology 30:1-10 より抜粋

春は東シナ海をめぐる風況が不安定になり、そこを横切って九州に入るのは危険なので、朝鮮半島を経由して、九州に入ります。鳥たちは好適な気象条件、とくに風の強さや向きといった風況に応じて渡っていると言えます。

渡り鳥の減少原因を探る

渡り鳥が減少している原因を探ってみると、環境改変がその最も重要な要因です。繁殖地や中継地となる森林、湿原、沿岸の環境改変があちこちで起きています。例えば、北海道の大雪山域や、ツルが渡っていく中国の黒竜江省三江平原。東京と千葉の境にある谷津干潟はもう水質が汚染され、東京湾岸地域はビルで囲まれてしまっています。こうした非常に大きな環境改変が各地で行われており、鳥たちの行き場がなくなっていることが減少の1つの大きな原因です。

それほど大規模な環境破壊ではなくとも、環境の改変は里山地域でも行われています。宅地造成などによる山林の伐採、近代化に伴う水田構造の変化、高齢化に伴う稲作・水田放棄といったようなことが、生息地や食物の減少を通じて個体数を減少に導いています。

例えば、昔ながらの田んぼは水路が田んぼ沿いにあり、そこから水を出し入れしながら稲作を行っていました。水路と田んぼとの間には水の行き来があり、水生の生き物がくらしを成り立たせることができていました。ところが最近の圃場(ほじょう)整備や農地構造の改革によって、水路がコンクリートの三面護岸にされてしまうと、カエルなどが水路から出られなくなってしまいます。

越冬地や中継地でも問題が起きています。先ほどサンコウチョウが急激に減少していることを話しました。サンコウチョウにとって重要な越冬地であるスマトラ島では、熱帯雨林が次々に伐採されてしまっています。のどかな田園風景が広がっていた場所がアブラヤシなどの大規模農園へと変わっている例もあります。

風力発電の問題もあります。風力発電はクリーンエネルギーとしてたいへん注目され、重要であることに間違いはありませんが、風力発電の風車が不用意に建設されると、多くの鳥たちが衝突してしまうという問題が生じます。中国黄河河口では数多くの風車が立ち並び、シギやチドリをはじめとした多くの渡り鳥が影響を受けている可能性があります。

それから密猟の問題があります。サシバが越冬するフィリピンのルソン島では毎年、少なくとも3000羽から5000羽のサシバが密猟されていることがわかっています。保護団体や研究者、地元行政などが連携し、保全に向けていろいろな活動を展開した結果、この場所では密猟を根絶することに成功しました。しかし、ほかの地域では、まだ十分な対策はとられていません。香港では、まとまった数のシマアオジが渡ってくることから密猟の対象となり、多くの個体がなんと炙り焼きにされてしまっています。

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