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【講演録】鳥の渡りと地球環境の保全

2022/02/16

  • 樋口 広芳(ひぐち ひろよし)

    東京大学名誉教授、慶應義塾大学自然科学研究教育センター訪問教授

生態系を成り立たせる3つのグループ

鳥の渡りについてお話する前段として、1つの地域の自然、生態系は大きな3つのグループによって成り立っている、ということをお話しします。養分となる有機物を作り出す植物、それを直接・間接に食物として取り入れる動物、植物や動物の遺骸を土の中で分解して無機物に戻す役割をもつ、分解者としての菌類やバクテリアです。

植物は、太陽の光エネルギーを利用して、水と二酸化炭素から養分、有機物を作り出す光合成を行います。植物による光合成がなければ、動物は生きていけません。植物は有機物を作り出すという意味で、「生産者」とみなすことができます。それを直接・間接的に食物として利用する動物は、「消費者」とみなすことができるわけですね。その死骸を菌類・バクテリアが土の中で分解し有機物を無機物に戻すことで、無機物の一部が栄養塩類などになって、植物の根から吸収され、植物の成長と繁殖に使われることになります。

地域の自然は、これら生産者としての植物、消費者としての動物、分解者としての菌類・バクテリアがうまく循環することによって成り立っています。繰り返しになりますが、光合成によって有機物を作り出す、生きものの命の源として植物の存在がなければ、動物は生きてはいけません。生命とくらしにとって不可欠であると言えます。

私たち人間も、消費者である動物の一種として、この自然の仕組みの中のどこかに位置するわけです。この自然の仕組みの中で生き、くらしを成り立たせている。自然が作り出した、たいへんすぐれた仕組みですが、でも、この仕組みは、いろいろな生物の間の微妙な関係の中で成り立っているものでもあります。

1つの地域の自然、生態系はそれだけで独立して存在しているわけではありません。遠く離れた国や地域の自然とさまざまな形で繫がっています。それによって地域および地球全体の自然、生態系が機能しているのです。

人間は、地域と地球全体の自然の仕組みの中でくらし、命を繫いでいるのですが、しかし近年、私たちは自然をさまざまな形で破壊し、変質させています。その結果、自然の様相は大きく変貌し、それが負の影響として人間の世界にはね返ってきています。大型化する台風や竜巻、温暖化といった影響は皆さんもご承知のとおりです。私たちは、私たちを取り巻く自然の成り立ち、ともにくらす生きものの世界をきちんと理解する必要があります。また、私たちの活動が自然にどう影響し、それを変えてしまっているのかを知り、理解する必要があります。

遠く離れた国や地域の自然と自然を繫ぐ上で、渡り鳥が果たす役割は非常に大きいものです。また同時に、渡り鳥は遠く離れた国や地域の人と人を繫ぎ、「心の交流」の担い手にもなっています。地球規模で移動する渡り鳥の状況を知ることで、自然と生きもの、人との繫がりへの理解を深めることができます。

以下では、まず、鳥の渡りの実態についてくわしく紹介したのち、渡り鳥が地球規模で減少している原因について考察し、最後に、人と人とを繫ぐ渡り鳥の役割に関する話で締めくくりたいと思います。

渡り鳥の減少

鳥の多くは、毎年秋と春、繁殖地と越冬地の間を長距離移動します。この季節的な往復移動を「渡り」と呼んでいます。鳥たちは渡りの過程で、各地の自然環境から水や食物を得ると同時に、遠く離れた国や地域の自然と自然を繫ぎ、その健全な維持に貢献しています。

一方、鳥たちは渡りの過程でさまざまな環境問題に遭遇し、その数が急激に減少しています。ロシアのアムール地方を流れるアムール川はロシアと中国を隔てる大河で、流域ではコウノトリが繁殖していますが、その繁殖つがい数が年々減少しています。

そう言うと、アムール地方でさぞかし環境破壊が行われているのではないかと思われるかもしれませんが、そうではありません。繁殖地は素晴らしい自然が広がる人跡未踏の地です。私たち研究者はそこをヘリコプターで朝から夕方までずっと地表をなめるように飛び、自然環境の変化や鳥たちの様子を調べていきます。

そのような素晴らしい自然環境の中で繁殖しているにもかかわらず、コウノトリの個体数は急激に減少しているのです。おそらく渡りの途中の中継地や、越冬地に大きな問題があるのではないかと予想されます。

日本に渡来する夏鳥も減少しています。春に南方から渡ってきて日本で繁殖し、秋になると南へと渡るヨタカやアカショウビン、サンショウクイ、ヒクイナ、アオバズク、サンコウチョウといった鳥たちです。聞きなれない名前かと思いますが、年を追うごとに、確認されている生息地数がどんどん減少しています。

サンコウチョウは「三光鳥」と書くのですが、「ツキ、ヒ、ホシ、ホイホイホイ」と鳴くのですね。月と日(太陽)、星。3つの光をさえずりに採り入れていることからその名前が付いています。

1970年代には、東京や神奈川、埼玉などをふくめて、日本の里山や中山間地域のどこでも、サンコウチョウはごく普通に繁殖していました。特徴的なさえずりが、5月、6月には私たちの耳によく入ってきたんですね。私はまさか、サンコウチョウがやがて姿を消すなんて当時思ってもみませんでした。

ところが1980年代に入ると、あちこちで急激に減少していきます。埼玉県東松山市に住む内田博さんの記録によると、サンコウチョウの個体数は80年代を境に急減し、やがてゼロになってしまいます。一体、どうなってしまったのか、それは後ほど紹介します。

黄色っぽい色が特徴のホオジロの仲間で、シマアオジという鳥がいます。1970年代には北海道の草原で最も数の多い鳥の1つでした。ところが、その後やはり急激に減少し、現在では北部のサロベツ湿原などで、わずか数つがいの繁殖が確認できる程度になってしまいました。

シマアオジのこうした減少傾向は、北海道だけではなく大陸でも同じです。ヨーロッパでは最盛時の2割以下にまで個体数が減少し、一部の国では消滅してしまっています。

タカの仲間のサシバも同様です。サシバはヘビやカエルなどを主食にしている両生爬虫類食のタカです。サシバの個体数は渡りの途中の沖縄県宮古島(厳密には伊良部島)で、学校の生徒たちが中心になって毎年数えています。その結果は年ごとにぶれがあるのですが、やはり個体数が急激に減ってきています。

渡り鳥のように地球規模で移動する動物の保全のためには、移動の経路全体を正確に調べ、越冬地、中継地、繁殖地の位置と、そこでの保全上の問題点を明らかにする必要があります。

鳥の渡りを追う

渡り鳥は数百キロ、数千キロ、場合によると万を超す距離を移動します。私たちは鳥のあとをついていくことはできないので、渡りの様子をある特定の場所で見ることになります。1990年代の初めくらいまでは、鳥たちの姿を見ながらどこに行くのだろうと想像を働かせることしかできなかったのですが、その後、科学技術の発達とともに、衛星を利用して追跡できるようになりました。

「衛星追跡」と呼んでいる仕組みです。鳥の背中や首、尾の付け根あたりに小さな送信機を付けます。その送信機から電波が発信され、衛星のアルゴシステムというシステムに到達し、データが地上の基地に転送されて時間と緯度と経度が割り出される。そうした数値情報を、インターネットを使って研究者が入手するというものです。この仕組みを使うと、対象となる生きものが地球上のどこをどのように移動しても、その位置や動きを追跡できます。一度対象物に送信機を装着してしまえば、あとはコンピュータ上の作業で渡りを追うことができる、たいへん素晴らしい仕組みです。

この仕組みが生まれたのは、1990年代の初めでした。2010年代に入ると、「ジオロケータ」という、さらに小さな機器が発達します。ジオロケータは小指の先くらいの、1グラムにも満たない、一番小さいものでは0.3グラムほどの軽いものです。1円玉1枚で1グラム、その3分の1くらいの大きさなので、小鳥にも付けられます。ジオロケータは光センサーを利用して日出・日没の時刻を継続的に記録します。日出・日没の時刻は地域によって異なるので、それにもとづいて移動地点の緯度と経度の推移を調べることができるのです。

衛星追跡は位置の測定に、大体1キロぐらいの誤差があります。でも、数千キロを移動する鳥たちの渡りの様子を追跡するにはそれでも十分です。ジオロケータはもっと精度が悪く、誤差は100キロ以上、場合によると200キロぐらいのずれが生じてしまいます。でも、何もわからない小鳥の渡りを知るには、そのくらいの誤差でもとりあえず十分です。どこにどのように飛んでいくのかを大体知ることができるので、研究者の間では使われることが多くなっています。

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