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【講演録】鳥の渡りと地球環境の保全

2022/02/16

衛星を使った地球規模の追跡

日本にはオオハクチョウとコハクチョウという鳥がおり、私たちはどちらも追跡しています。今日紹介するのはオオハクチョウのほうです。日本にはハクチョウが訪れる湖が500以上あり、たいへん身近な存在ですが、衛星追跡を始めるまでは、どこから来てどこに行くのか、まったくわかっていませんでした。

衛星追跡した結果、春の渡りは、宮城県の伊豆沼から3月、4月に北上していくことがわかりました。北海道の東部、あるいは中央部でしばらく滞在したのち、サハリンを北上し、アムール川の河口付近で10日から1カ月ほど滞在します。そして、オホーツク海を通って再び大陸へと渡り、北上を続けてコリマ川やインディギルカ川といったロシアの大河方面で繁殖することがわかりました。秋も、春の渡り経路をほぼ逆に戻ってくるという南北の単純な渡りをします。

空中を飛ぶ鳥の中で最速として知られるハリオアマツバメには、ジオロケータとともにGPS(全地球測位システム)の小さな機器を付けて正確に測定しています。ハリオアマツバメは通常の水平飛行でも大体時速120キロから150キロ前後のものすごいスピードで飛ぶことがわかっています。

ハリオアマツバメが秋にどこをどのように通り、また春にはどのような渡りをするのか、ジオロケータを付けた3個体を追跡しました。多少の個体差はあるのですが、8月から翌5月にかけての通年の渡りでは、繁殖地となっている帯広から出発して大陸に行き、フィリピン海からパプアニューギニアを通ってオーストラリア南東部のあたりまで行って「越冬」します(南半球なので実際には夏)。その後、春には、インドネシア方面に行って北上しつつ、南西諸島経由で帯広に戻ってきます。大雑把に言うと、1年を通じて太平洋を8の字を描くように渡ることがわかりました。

安住の地となった非武装地帯

九州の出水(いずみ)には、マナヅルとナベヅルが、合わせて千羽鶴ならぬ万羽鶴で大陸から渡来します。最近では、1万6千羽ぐらいが毎年やってきます。数年前に鳥インフルエンザが発生し、感染拡大が心配されましたが、ツルの中に抗体が存在するのか、今のところ、おそれていたような事態には発展していません。ツルは保全の対象でありながら、感染症拡大のリスクも負っています。日本は世界の8割ものマナヅル・ナベヅルを、冬の間お預かりしているようなものなのですが、その保全・管理のため、ツルの分散計画といったことも議論されています。

マナヅルの春の渡りを追跡すると、出水を2月から3月に飛び立ち、九州西端の九十九島(くじゅうくしま)というたいへん景色の美しい島沿いに移動します。マナヅルはそこから興味深いことに、韓国と北朝鮮との間の「DMZ(非武装地帯)」を目指して飛んでいきます。そこで1週間から1カ月ほど滞在し、2つの経路に分かれて渡りをします。1つは北朝鮮の東海岸沿いを北上していき、中国東北部の三江平原までいきます。三江平原はアムール川とウスリー川、スンガリ川の3つに囲まれた一大湿地です。もう1つの経路は、朝鮮半島の西側を北上していき、中国東北部のハルビンやチチハルに近いザーロンという地域まで行くことがわかりました。

この追跡で、9羽のマナヅルが、渡りの過程でどこでどれほどの期間滞在するのかを調べました(図1)。それによると、4つの場所を主要な中継地として利用しています。北朝鮮と韓国を隔てる非武装地帯沿いにある板門店(パンムンチョム)、同じく非武装地帯沿いの鉄原(チョロン)、北朝鮮の東海岸沿いにある金野(クミヤ)、ロシアと中国の国境沿いにあるハンカ湖です。とくに非武装地帯沿いの鉄原と板門店では、多くの個体が長期にわたって滞在します。

図1 左:マナヅルの個体の中継地利用割合。図の上の数字は渡りに要した日数。Higuchi et al. (1996) Conservation Biology 10: 806-812
右:朝鮮半島非武装地帯における越冬期のタンチョウの生息地点(○印)Higuchi et al. (1998) Ecological Research 13: 273-282

非武装地帯の幅は4キロあります。その南の韓国側には「CCZ(人民統制区域)」と呼ばれる緩衝地帯があります。CCZでは一部農耕が許可され、観光にも開かれていますが、DMZとの境界には規制線が張られており、その中は全面立ち入り禁止です。人が立ち入れないような地域の中に、ツルの滞在地点があるということです。DMZの北側の北朝鮮にはCCZがなく、したがって、ぎりぎりまで人間が利用している地域になるわけですが、マナヅルはそちら側に滞在しないことがわかりました。

タンチョウの例を見ると、北海道のタンチョウは長距離の移動をしませんが、中露国境となるアムール川沿いで繁殖するタンチョウは、北朝鮮のアンビョンで一時滞在したのち南下し、DMZで越冬します。DMZには温泉が湧き出ており、河川も不凍河川です。一方、南のCCZは採食場所として利用されています。ですので、タンチョウは昼にCCZで採食し、夜になるとDMZで温泉に足を浸けて過ごす、そういう越冬生活をしています。国境地帯は渡り鳥の重要な渡来地になっており、立ち入りが禁止されている非武装地帯は、経済開発が行われないため、鳥たちにとって楽園となっているのです。

研究上、私は何度もCCZに入っていますが、その入り口には厳しい検問があります。そこを通過して入っていった先の韓国と北朝鮮に挟まれた地域が、ツルたちの安住の地になっているのです。現在でも北朝鮮と韓国の兵士が、自動小銃を持って対峙しており、その真ん中でツルが平和そうにくらしている。たいへん皮肉というか、注目すべき現象です。DMZには朝鮮戦争時代の地雷が無数に埋まっており、ツルくらいならば踏んでも爆発しないようですが、人が踏めば爆発します。

渡り鳥に国境はありません。人はDMZを越えて行き来することはできませんが、ツルたちは自由に行き来しています。

少し補足しますと、最近はこうした状況が変化し、鉄原のほうにツルが集中して集まるようになっています。というのも、九州の出水同様、鉄原で人工給餌が盛んに行われるようになったからです。

人の想像をはるかに超える鳥たちの長旅

図2は、九州北部で繁殖するサシバの秋の渡りを追跡した結果です。一枚の地図にすると、九州南端を出発し、南西諸島からフィリピンまで南下する様子がわかります。私たちはこれを見るまで、日本のサシバはみんな台湾を経由して南下すると思っていました。ところが、10月半ばごろから南西諸島をずっと南下していき、台湾には立ち寄らずに、フィリピンのルソン島などまで行って越冬することがわかりました。

図2 サシバの秋、九州北部からの渡り。8個体の追跡(2009 年)
樋口編(2021)『鳥の渡り生態学』(東京大学出版会)第2章より

最後まで移動し続ける鳥は、11月5日にルソン島に入り、その後もずっと南下を続け、1月初めになってようやくミンダナオ島の南で渡りを終える、ということがわかりました。

同じタカの仲間で、ハチを主食にしているハチクマという鳥がいます。親鳥がハチのサナギや幼虫を捕え、ヒナに与えたり、自分でも食べたりします。こうした食物資源が秋冬の間は日本の温帯地域から姿を消してしまいますので南に行くのですが、同じタカ類でもサシバとは違い、ハチクマは大陸を経由して非常に長い距離の渡りをします。おそらく、大陸には多くのハチ資源が存在しているからです。中継地や越冬地でハチクマはオオミツバチなどのハチをたくさん食べますので、ハチが集まる場所を把握している可能性があります。また、養蜂場を訪れているのかもしれません。サシバのように南西諸島を南下しないのは、この地域のハチ資源が貧弱であるからとも推測できます。

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