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【特別鼎談】アジアにおける民法典制定への国際協力──法整備支援への塾員の貢献

2021/03/24

  • 入江 克典(いりえ かつのり)

    弁護士。JICA国際協力専門員を経て、2017年よりJICAラオス法整備支援プロジェクト専門家。2002年慶應義塾大学経済学部卒業。2007年同大学院法務研究科修了。

  • 長尾 貴子(ながお たかこ)

    司法修習第60期修了、外務省勤務(経済協力専門員)。慶應義塾大学法学研究科博士課程在籍中。2006年同法学部法律学科卒業。2015~2017年ネパールにて法整備支援専門家として勤務。

  • 松尾 弘(まつお ひろし)

    慶應義塾大学大学院法務研究科教授。専門は民法、開発法学。1985年慶應義塾大学法学部法律学科卒業。法務研究科・慶應グローバル法研究所(KEIGLAD)所長。

国際協力としての法整備支援

松尾 今日は鼎談ということで、最初にその趣旨を私からお話ししたいと思います。

グローバル化が進行して市場経済システムが世界各国に浸透しつつある中、特に成長が著しいアジア諸国において、市場システムの導入や民主化の進展に必要な法制度を整備するために、日本は国際協力の一環として法制度整備支援(法整備支援)を1990年代末から実施してきました。

具体的には、ベトナム、カンボジア、ラオス、ミャンマー、ネパール、インドネシア、バングラデシュ、東ティモール、中国、モンゴル、ウズベキスタン等の国々です。法整備支援は国際協力のメニューの中では、道路や鉄道といったインフラ整備のような「目に見える」支援に比べると「目に見えない」地味な国際協力ですが、1990年代に国家の発展を左右する根本原因として制度の違いが注目されるようになってから活発になり、今では「法の支配」の構築を目指す、日本ならではの特色ある国際協力の柱として注目されています。

これはグローバルな規範を共有する傾向とも深く関わっています。現在、法整備支援は国連総会決議に基づく「持続可能な開発目標」(Sustainable Development Goals)の達成に向けた国際協力の一翼を担っています。中でもインクルーシブ(包摂的、全般的)な制度改革を通じたインクルーシブ(包摂的、誰も取り残さない)な社会の構築を目指す「目標16」が、法整備支援とのつながりを明確なものにしています。

さて、この法整備支援の現場で活躍する塾員が、近年少なくありません。今日はその代表として、ネパールとラオスにおける民法典の制定を基軸とする法整備支援に弁護士として貢献された、入江克典さん、長尾貴子さんとともに法整備支援が何を目指しているか、その意義や困難や展望について語り合いたいと思います。今や私たちのほかにも多くの塾員が法整備支援に貢献し、奮闘していることが、今日の鼎談の背景にあります。

私は学生時代から自然法論に興味をもち、1990年から大学で民法を研究・教育する中で、問題意識がごく自然に開発法学と法整備支援という形に具体化してきました。2000年代になって、ラオスやネパールでの民法整備支援の立ち上げ段階から企画、実施に関わることになりました。

2004年に法科大学院が開設された時から「開発法学」という講義を開講してきましたが、今ではその履修者が卒業して、長期専門家として法整備支援の最前線に立っていることには、非常に感慨深いものがあります。

日本の法整備支援は、政府開発援助という立場からは国際協力機構(JICA)、法務省法務総合研究所の国際協力部(ICD)などが中心になり、他方で非政府の立場から大学や日弁連、国際民商事法センターなどのNGO、NPOが参画し、相互に協力する形で実施している点に特色があります。

法整備支援を志す動機

松尾 まず、ネパールで法整備支援に携わられた長尾さんから話を伺います。長尾さんは慶應女子高を経て2006年に法学部法律学科を卒業ということですね。どうしてこの分野に興味を持たれたのですか。

長尾 私は中学生の時期に2つ夢があったんです。1つは、弁護士になって刑事弁護などの活動をすること。もう1つがUNICEFやUNHCRのような機関で途上国支援に携わることです。

大学は法学部法律学科に入ったのですが、当時司法制度改革の真っただ中で、司法界に入ることが非常にプラスに捉えられていたこともあって、弁護士になることを目指して勉強を始めました。

司法試験に合格して修習を終えた後、ご縁があって東京都内の中規模の企業法務の法律事務所に入所しました。その事務所で弁護士としてのキャリアを始められ、弁護士としての基本的な働き方や、いろいろな分野の法律の知見やイメージを摑むことができ、非常に良かったなと思っています。

ただ、企業法務弁護士になって5年、6年と経つうちに、このままずっと企業法務の弁護士としてビジネスの分野で活動するのが自分にとって幸せなのかと悩んだ時期がありました。国際協力、途上国支援というもう1つの夢もまだ胸の中で消えていたわけではなかったので、そういうこともやってみたいと思っていたところ、たまたま高校の後輩からJICAの事業に法整備支援という分野があり、弁護士を募集していると教えてもらいました。

それで、ちょうどネパールの専門家の応募が出たので、これはチャンスかなと思って飛び込みまして、運良くそこで採用していただいたんです。

松尾 入江さんは経済学部出身ですが法律の分野に足を踏み入れて、今、専門家として活躍するに至っているわけです。そのきっかけなどをお話しいただけますか。

入江 私は中等部、塾高を経て2002年に経済学部を卒業し、2005年にロースクールに入学しました。2009年に弁護士に登録し、2015年の4月から国際協力機構(JICA)の国際協力専門員に就任し、2017年の6月からラオスで長期専門家の業務を開始しています。

経済学部出身なのに弁護士を志したのは複数の理由がありましたが、一番大きな理由は、助けを必要としている人に手を差し伸べてあげる仕事というのが自分の性分に合っていると思ったのです。

大学時代は、自分が何者なのか分からなくて悶々とした日々を過ごしていました。将来につながる何かに没頭したいと思いつつも、どれものめり込むことができず、経済学についても、あまり興味が持てませんでした。

そんなときにたまたま法律の科目を履修して、人間としての側面が非常に表れてくる面白さを感じたんです。そして、法律を使って助けを必要としている人に手を差し伸べてあげられるのではないかと思ったことが、弁護士を志した大きなきっかけです。

そのようにして弁護士になったのですが、私も長尾さんが言われたように、企業法務や訴訟業務をしてそれなりに充実した日々を送っていた一方、自分が日々、力を入れてやっていることが本当に社会のためになっているのかと思うこともありました。

国際的な仕事がしたいという思いがどこかにあり、それと社会貢献への思いがくっついて、もう一度自分の価値基準を見つめ直そうと思い出したのが、弁護士になって4、5年の頃ですね。

たまたま日弁連のセミナーで国際協力に励む弁護士、法整備支援に携わる弁護士を紹介するセミナーがあり、こういう仕事もあるのかと関心が深まっていきました。2014年にJICAが主催する法整備支援専門家を育てる能力強化研修に参加し、この世界に携わりたいという思いを強くし、国際協力専門員になったという経緯です。

松尾 お二人の話を伺って、共感するところが多くあります。法律は世の中の仕組みを知り、問題を解決する枠組みであるとともに、社会を改革するツールにもなる。

世の中は簡単には変えられないわけですが、制度を変えていくことを通じて初めて世の中は本当に変わっていく。その最初のきっかけになるのが法制度ですね。社会を改革するツールとして、国際協力分野でもインパクトがあるのではないかと、お二人とも感じられたのではないかと思います。

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