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慶應義塾ミュージアム・コモンズ──三田キャンパスの創造的「空き地」

2020/03/09

世界初の「ミュージアム・コモンズ」

欧米の大学には伝統的に「コモン・ルーム」が存在する。コモン・ルームとは、会員制の共有ラウンジスペースで、構成員間の交流を促進するための空間である。その概念を日本に導入したのは福澤諭吉その人であり、明治13年に結成された交詢社はその名称を「知識ヲ交換シ世務ヲ諮詢スル」に由来し、日本におけるコモン・ルームの最初の例である。それは義塾においては萬來舍、さらにはノグチ・ルームとして結実し、現在でも社中の交流の場として機能している。また、21世紀においてコモンズという名称および概念は、大学における新たな教育環境を示すものとして、たとえばラーニング・コモンズのように使用されている。教育の現場において、学生の主体的取り組みを中心に据えるアクティブ・ラーニングが学習モデルとして注目されるにつれ、ラーニング・コモンズは教室の外の学習スペースとして、自主的学習や共同学習を図書サービスとデジタル環境で支援するものであり、日本でも数多くの大学に存在している。

こうしたコモンズの概念を下支えとして、慶應義塾独自のミュージアム・コモンズは、文化財の展示と収蔵にとどまらず、文化財を核として、教育、研究、コミュニティ活動を通じて、福澤諭吉の表現を借りるならば「人間交際」を実現する、世界初の試みである。

完成予想図(桜田通り側(左)、キャンパス側)

慶應義塾初の美術品収蔵、展示施設

現在建設中の11階建ての新館は、センチュリー文化財団から寄贈される彫刻、絵画、書跡、金工など多ジャンルにわたる日本美術品をはじめ、慶應義塾が所有する文化財を収蔵、展示する、義塾で初めての文化財専用施設である。施設では、センチュリー文化財団から寄贈される日本美術の逸品を展示するとともに、広く義塾の文化財を対象としてさまざまな企画展示を行う。温湿度が管理された美術品専用の収蔵庫には、来館者が収蔵庫前室を見通せる次世代型ビジブル・ストレージを導入することで、展示と収蔵の従来的な垣根を取り除き、その連続性に新たな展示活動や研究の可能性を見いだしてゆく。

発想の交流を実現するコモンズ

文化財の収蔵と展示はミュージアム・コモンズというコンセプトの一端に過ぎない。文化財を収蔵整理し、発信し、展示し、また研究することは慶應義塾ミュージアム・コモンズの重要な使命であるが、そうした従来型のミュージアムの機能にとどまらず、文化財を出発点として交流を生み出す場として機能することがKeMCoの活動方針である。コモンズの概念は、歴史的には、村落の住人が共同使用できる雑木林や牧草地などの「入会地」に遡り、あらかじめ特定の用途に定められていない共有の「空き地」を指す。KeMCoは、自由にさまざまなものや発想を持ち寄って、一緒に鑑賞、学習、あるいは研究することで、新たな発見や発想が生まれ、また当事者間の交流が促進される「空き地」である。館内には、狭いながらもそうしたオープンスペースとして機能しうる空間がさまざまな形で用意される。

ビジブル・ストレージにより収蔵との垣根を取り払った展示室でさまざまな企画展を実施し、設計上館内に生まれる隙間もインスタレーションのための空間として利用することで、館全体がアートを通じて交流する場となる。館内には、文化財を対象とした実習やワークショップ型の授業が可能な教室、さらに、後述するように、発想をヴァーチャルあるいはフィジカルなかたちにするためのファブラボ(「I/Oルーム」)も整備される。

そうした空間や設備を利用することで、KeMCoでは、ひとつの文化財を介して学生、研究者、卒業生が相互に交流し、そのオブジェクトの周囲に、新たな鑑賞や研究の文脈が生み出されてゆくのである。

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