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慶應義塾ミュージアム・コモンズ──三田キャンパスの創造的「空き地」

2020/03/09

  • 松田 隆美(まつだ たかみ)

    慶應義塾ミュージアム・コモンズ機構長、文学部教授

2019年4月に、慶應義塾に「慶應義塾ミュージアム・コモンズ」(Keio Museum Commons 通称KeMCo)が開設された。KeMCoは、慶應義塾が所蔵する学術資料の収蔵と展示、さらにそれらを活用した教育・研究活動を主たる使命とする新組織である。その活動の中核を担う施設として、現在三田キャンパス旧東別館跡地に11階建ての新館(KeMCo関連の施設は1階から9階まで)が建設中であり、2021年春の開館を予定している。以下、「慶應義塾ミュージアム・コモンズ」が開設に至った経緯と、この新組織のコンセプトと活動内容について説明する。

開設までの経緯

慶應義塾は、150年を超える歴史のなかでさまざまな文化財や学術資料を集積してきている。それらは学内の諸施設で収蔵されていて、アート・センターのアート・スペースや慶應義塾図書館の展示室では、義塾収蔵の文化財を対象とした小展示がしばしば開催され、横浜初等部の「福澤先生ミュージアム」では小さいながらも、学内向けの塾史に関する常設展示がある。また、社中交歡萬來舍や塾監局など、キャンパスのところどころに貴重な美術・工芸品が展示されている。さらに重要文化財の三田の図書館旧館や演説館はいうまでもなく、旧ノグチ・ルーム、信濃町の北里記念医学図書館といった歴史的な建造物も数多い。つまり慶應義塾自体がすでにひとつのミュージアムであるが、文化財は複数のキャンパスに分散していて全体像を摑むことは難しく、また、美術品専用の本格的な展示収蔵施設をこれまで持たなかったことも事実である。

慶應義塾の歴史のなかで、こうした文化財をそれにふさわしい環境で収蔵し、常設的に公開するミュージアムを三田キャンパスに建設するという案は何度か浮上してきた。これまではさまざまな理由で実現しなかったが、一般財団法人センチュリー文化財団からの資料寄贈と寄付金のお蔭で、慶應義塾で初めて、学術資料の収蔵と展示に特化した施設の建設が決定した。

慶應義塾は既に2009年に、センチュリー文化財団から、書跡・絵画資料を中心とした1740点の美術資料の寄託とその活用のための寄付を受け、「センチュリー文化財団赤尾記念基金」を設けるとともに、大学附属研究所斯道文庫においてそれらを保管し、定期的に展覧会や研究活動を実施してきている。さらに2017年度にセンチュリー文化財団とのあいだで、既存の寄託品に新たに585点を加えた計2325点の日本の書跡・絵画資料を中心とした美術資料を慶應義塾で受け入れ、それらの美術品を一括して収蔵し展示するための新施設を建設するという合意が成立した。慶應義塾としては、東京都との取り決めにより2020年度末までに新施設を建設する必要があり、その場所は三田キャンパス東別館跡地と決まった。また、センチュリー文化財団からは新施設の完成に向けて総額30億円の追加寄付を受ける予定である。一方でセンチュリー文化財団は、寄贈が完了した時点で早稲田鶴巻町のセンチュリー・ミュージアムを閉館し、その後は慶應義塾が美術品の管理、展示、さらに財団が実施してきた言語研究を受け継ぐこととなる。

2017年には、長谷山彰常任理事(当時)を座長として、学術資料の展示施設のあり方を検討するワーキング・グループが組織された。メンバーは、慶應義塾で文化財に関連した研究や管理にかかわっている諸部門──アート・センター、デジタルメディア・コンテンツ統合研究センター(DMCセンター)、斯道文庫、福澤研究センター、文学部民族学考古学専攻および美学美術史学専攻、管財部からの代表で構成された。

ワーキング・グループでは、まず、施設完成までの準備期間の短さと桜田通りに面した建設予定地の狭さという悪条件の下で、斬新かつ魅力的な施設を実現するために知恵を出し合った。全国の主要大学の多くがすでに何らかの形で大学ミュージアムを持っており、後発の慶應義塾としては、面積は狭いながらも画期的なコンセプトに基づいた施設を提案しなくてはならない。検討の過程で、アート・センターの渡部葉子委員から、「ミュージアム・コモンズ」(後述)という類例のない、斬新なアイデアが提示され、このコンセプトを軸に新たな施設を具体的に構想することを決定した。また、新施設には、センチュリー財団からの寄贈美術品に加えて義塾所蔵の美術品、考古資料を中心とした文化財を収蔵することを確認した。さらに、三田キャンパス全体をひとつの「分散型ミュージアム」──他には旧図書館で構想中の塾史展示室、アート・センターのアート・スペース、慶應義塾図書館内の展示室などが主たる展示スペースとなる──ととらえ、新組織は、展示施設であるとともに、「分散型ミュージアム」の中核として、文化財情報を管理し、展示・教育活動の支援を行ってゆく場所であるという基本案を策定した。また、これまでにデジタルメディア・コンテンツ統合研究センターや理工学部、大学院メディア・デザイン研究科(KMD)などで研究されてきたデジタル系の知見を生かして、慶應義塾が所蔵している貴重な文化財をデジタル環境においてさらに拡張、展開してゆけるような、デジタル・アナログ融合型の展示・研究環境の実現を目指すことで一致した。これらは、以下で説明するように、慶應義塾ミュージアム・コモンズの核となる指針である。

2018年1月にワーキング・グループは正式な準備室(室長 松田隆美)となり、また、同月には、センチュリー文化財団からの寄贈と2020年度末を目標として学術資料展示施設を開設することをプレスリリースにより発表した。準備室では、建築、展示プログラム、収蔵品の登録と管理、デジタル環境の整備などを担当する少人数によるワーキング・グループをそれぞれ設置して、具体的な準備にあたった。たとえば、有効空間を最大限に活用するために、各階の天井の高さを10センチ単位で調整するような議論が重ねられ、また、収蔵スペースをもっとも効率よく確保するために、個々の収蔵品単位で計測した数値を何度も組み合わせを変えて計算して収蔵の可否をシミュレーションするなど、細かな検討が、週に数回のペースで徹底的に重ねられた。

昨年4月には、正式に慶應義塾ミュージアム・コモンズが発足し、新展示施設の開館準備を準備室から引き継いだ。新組織は、機構長(松田隆美文学部教授)、副機構長(渡部葉子アート・センター教授)、専任所員2名(本間友専任講師、松谷芙美専任講師(有期))のほか、塾内の諸学部や部門に所属する兼担所員若干名で構成されている。展示施設については、三菱地所設計が設計を担当し東急建設が施工することが決まり、2019年4月17日に地鎮祭が行われ、2020年8月の竣工を目指して工事が進んでいる。竣工後に、新築の建材から放出される、文化財に有害な物質を除去するために必要な「からし期間」を経て、2021年春に開館予定である。以下にその活動内容と新施設の概要を示す。

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