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【講演録】戦後日本と小泉信三──没後50年に際して

2017/04/01

『平和論』──全面講和論に挑む

次に『平和論』(昭和27年)に移ります。1951(昭和26)年9月、サンフランシスコ平和条約が調印されました。しかし、このときすでに冷戦が事実上始まっていました。チャーチルの鉄のカーテン演説はその5年も前のことですが、だんだん東西冷戦が激しさを増していく中で、サンフランシスコ講和条約に世界のすべての国が署名しなければ、日本がまた塗炭の苦しみを味わうことになってしまう、だから世界のすべての国々と全面講和をすべきであるという強い主張が強かった。しかし、これに対して小泉は「多数講和」を主張する。

当時の岩波書店『世界』を中心とした平和問題懇談会には全面講和論者の有力な人が皆入っているのです。実際の文章は丸山眞男などが書いていました。学界、論壇ではこの主張は圧倒的で、その先頭にいたのが東大総長南原繁です。南原さんは非常に高潔な人なんです。当時、東大の総長は南原繁や次の矢内原忠雄といった非常に人格的に立派な人たちがやっている。だから影響力があった。南原さんはその前の年からアメリカをずっと回り、なぜ全面講和が必要なのかを説いて回った。世論は圧倒的に全面講和論でした。そんな空気でしたから、吉田茂は調印するのに1人で行ったのです。全部自分が背負うという、ある意味では悲壮なる覚悟だったと言えます。

これに対し、小泉さんは『平和論』の序文で、「著者は本書で、切に平和を願うものの立場から、一部でしきりに唱えられた中立論、全面講和論を批判した。かかる批判は、講和及び安全保障両条約が国会の承認を得た今日でも、少しも必要を失わないばかりでなく、寧ろ一層必要になったといえると思う。」と書いている。

「私は中立や全面講和が、それを真実平和のためと信ずる人々によっても唱えられた事実を決して否まない。けれども同時に、実は平和よりも中立よりも、親ソ反米を目的とする宣伝が、平和を名として行われ、そうして心弱き一部の評論家が、それに同調しつつあることを知っている。」

これはなかなかドスをきかせているという感じですよ。読む者に自分の胸に手をあて、自分はひょっとしたらこういう心弱き一部の評論家ではないのかと思わせる。これは私に言わせればなかなか「手練れ」のやり方です。

「本書で私はそれを明らかにすることを試みた。中立と全面講和は果たして可能であるか。不可能と知りつつそれを唱えることが、果たして実際に平和の擁護に役立つか。これ等のことを論ずれば、人々は自らにしてこれ等の主張の価値を知るであろう。……私は平和の名よりも実を願う。名を喜んで、これを唱えるものに対しては、私はその表情を察しつつ、ただその人々が一層論理的に思考することを望まざるを得ない。」

私はもうとやかく言いません。ただ、その顔をじっと見るだけである。これもまた、なかなかきついですね(笑)。続けて「別に下心があって、陽に平和を装う者に対しては、私はただ擬装の事実そのものを指示したいと思う」と書いています。なかなか考えさせられる。

そして、なぜ反対するのかという理由です。本文で言っています。「私は当初から全面講和論、中立論に反対であった。反対というのは、それが出来ても望まないというのではない。出来ない相談だと思ったのである」。それは具体的にどういうことなのかを以下に書いています。米ソの対立関係が緊張してきた今、米ソの間で日本が中立の意思を表示したとする。しかし、それに構わず交戦国一方の軍艦が日本の港に入ったとする。中立国たる日本は一定時間内にこれを退去させなければならない。中立というのはそういうことです。片一方の主張を認めることはできない。しかし、退去しろと言ったって、それに応じなかったらどうするのだ。日本は今、それに従えという強制する力はあるのか。ないでしょう。そうなると、それは中立を唱える者の義務を履行していないことになる。

それはそうですね。一方の軍艦が入るのを黙認してしまうことになるわけですから。「内実はどうでも、中立は守られなかったということになる。……少なくも相手の交戦国は、これを中立違反と見るに躊躇せず、必要または適当と認める処置を取るに躊躇せぬであろう」。あなたたちはそういうことまで考えて言っているのですか。ただ口で唱えているだけではないのかということです。これは今の安保法案反対論も全く同じ論法で批判できると私は思います。

なぜ反対なのか。実はもう1つの理由がある。それは、全面講和論者は責任というものをどう考えているのかということです。『平和論』に対する批判への反批判の中でこう書いています。

「一つの事を主張するものは、当然それから引かるべき帰結に対して責任を負うべきものと思うものである。……全面講和でない講和には反対であるといい、しかも、全面講和を可能ならしめる具体的の提案は示さぬとすれば、それは当然、占領の継続を求める結果となり、当然この結果に対する責任を負わなければならぬ筈である。」(「私の平和論について」)

全面講和論、中立論を唱えるのはいい。しかし、これはできない相談です。しかも、できなければ、できないというだけでは済まされない。サンフランシスコ平和条約が締結されなければ、ずっと占領状態が続くということです。それでいいのですか。あなたたちは責任を取らないのですかという話です。

日本とドイツの憲法観

戦後の歩みを見ていると、ドイツと日本では決定的に違いがあります。東西2つに分割される中で、西ドイツはボン基本法という憲法をつくった。成立当時のボン基本法には軍隊を持つとは全く書いてない。しかし、だんだん冷戦が激しくなってきて軍隊を持たないでどうするのかという話になるわけです。共産圏と接しており、しかもベルリンは分割されているわけですから、ある種の戦争状態が続いているようなものです。そういう中、国防軍を持たなければいけないという話が出てくる。

日本は朝鮮戦争後、警察予備隊から保安隊、その後自衛隊という経緯をたどって事実上の軍隊を持つようになる。しかし、本当は軍隊を持つためには、国会で3分の2の支持を得て憲法改正をしなければできない。吉田茂だって、自衛の軍であろうが、軍隊を持つことは憲法違反だと答弁していたのです。逆に、共産党の野坂参三などが持てと言っているぐらいだった。

憲法を改正するには国会議員の3分の2で発議しなければいけない。ところが、その3分の2を取れない。鳩山一郎などは3分の2を取るために選挙制度まで変えてしまおうと「ハトマンダー」をやろうとしたぐらいです。

ドイツはどうしたか。1954年と56年にちゃんと憲法(基本法)改正をして、西ドイツは国防軍を持つんです。ドイツの政権は戦後一貫して、1つの例外もなく連立政権です。ドイツは基本的に比例代表制ですから、一党が過半数を取ることがない。一党に政権を取らせないという選挙制度です。なぜかといえばナチスの経験があるからです。だから一貫して、例えばキリスト教民主同盟(CDU)とキリスト教社会同盟(CSU)が必ず会派を組み、自由民主党(FDP)と連立政権を組む。あるいは左派の社会民主党(SPD)は緑の党と連立政権を組む。そういう形で今まで60回も憲法改正をしています。

時にはキリスト教民主・社会同盟と社会民主党が大連立をやる。いま民進党は小さくなったけれども、ひところの民主党と自民党が大連立をやるようなものです。そうして3分の2の賛成を得て憲法改正をする。そしてその後、連立を解消するんです。国防軍が必要だから連立政権をやる。大連立の政権があるから憲法改正するというのではない。逆です。

1968年には非常事態法を基本法に加えることを大連立で行っています。ドイツの憲法を読むと非常に厄介です。戦争のときにどうするかを、みんな憲法の中に書き込んである。大連立をやることによって改正することができた。

ところが日本は、閣僚が憲法改正と言うと、すぐクビになるぐらいだからできない。ではどうするか。1つは解釈の変更です。昔、自衛のための組織さえ持てなかったのが、持てるようになります。最小限度の自分の国を守るためですから、これは憲法9条で禁じられている陸海空軍ではない。持っているものも戦力ではないと解釈する。戦力ではないものを持っていてどうするのだ、と僕は思うけれど、そういうことでとにかくやってきました。そうするしかなかった。

その一方で、自民党は何とか3分の2を取りたいとずっと思ってきたんです。この前の参議院選挙で党首討論会を日本記者クラブでやったとき、私が最初に質問したのですが、安倍晋三首相に、「自民党は結党以来、3分の2を取ろうとしてきましたが、それは見果てぬ夢なんですよ。ドイツを真似るべきです。憲法改正は国の最も基本的な法なので、与党と野党の第一党が協力しなければだめですよ」と申し上げた。そうしたら安倍首相は、「おっしゃるとおりです」と言っていました。おっしゃるとおりならそうやってくれよと言いたいのですが、今まで日本はだましだまし来ていた。その思考の底にあるものは何なのか。私に言わせれば無責任ですよ。責任を負っていないということです。

私はそのとき、共産党の志位委員長にも聞いた。共産党は一貫して自衛隊は違憲だ、解体すべきである、日米安保条約は解消すべきであると言ってきた。けれども、自衛隊が違憲だということは、この世に存在していてはいけないということでしょう。にもかかわらず、大きな地震や災害のときには自衛隊が救出に行きます。その時なぜあなたたちは自衛隊が行ってはいけない、とそれを止めないのですか。行くことを批判しないのですかと聞きました。志位さん、何と答えたか。「そこが憲法の矛盾なんです」と。違う、共産党の矛盾ではないかと思いましたが、論争していると記者会見にならないから言いませんでした。変ですよ(笑)。

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