【特集:「排外主義」を問い直す】
安田 菜津紀:日本における外国人差別の現場から考える、共生への道
2025/12/05
「共生」が育まれる場所
確かに、「共生」と一口に言っても、異なるバックグラウンドやルーツを持つ人々が同じ場を分かち合うためには、様々な試行錯誤が必要だろう。しかしすでに、そうした経験を積み重ねてきた地域もある。
神奈川県川崎区桜本にある、さくら小学校の6年生は毎年、朝鮮料理のひとつ、キムチ漬けを体験している。その「先生」として子どもたちにアドバイスをするのは、朝鮮半島にルーツを持つ、在日コリアンのハルモニ(おばあさん)たちだ。
ハルモニたちは日ごろ、地域から差別をなくすなどの目的で作られた川崎市の公共施設「ふれあい館」に集い、作文を書いたり、人形劇に挑戦したりと、様々な活動に取り組んでいる。古くから暮らす在日コリアンの人々や、中南米、東南アジアなどにルーツを持つ方々など、多様な人たちが暮らす桜本で、「ふれあい館」は年代を超えて地域の人々のよりどころとなってきた。
この日のキムチ作りの前に、94歳になる石日分(そく いる ぶん)さんが、ハルモニたちを代表して経験を語った。
「今でこそキムチは栄養があって、みなに好かれていますが、昔はそうではありませんでした」
植民地支配の歴史に触れ、「学校でお弁当にキムチが入っていると『キムチくさい』『にんにくくさい』といじめられ、差別を受けました。その嫌われ者のキムチを、今はみなさんが好きになって、一緒に漬けるなんて、嬉しくて夢のようです」と声を弾ませた。
調理室ではグループに分かれ、各テーブルで子どもたちがハルモニたちと交流しながら、唐辛子やニンニクなどを混ぜ合わせた調味料、ヤンニョムを白菜の葉の間に練り込んでいく。
「鍋にしよっかな、白いご飯で食べようかな」と、うきうきしながらそれぞれのキムチを持ち帰る子どもたちの姿を、ハルモニたちは目を細めながら見送った。
差別に直面したのは日分さんだけではない。自身の子どもが「キムチくさい」といじめを受けてから、一切食べられなくなってしまったと語るハルモニ、「女に教育はいらない」と、一度も学校に通うことができなかったハルモニ——。そんな彼女たちの経験や言葉を、子どもたちはキムチとともに家庭などに持ち帰る。それは地域の気づきとなり、「ともに生きる」礎となってきた。
桜本は2015年、16年と、ヘイトデモの標的にされた。当時は警察や行政も、「デモを止める根拠法がない」と対応しきれずにいた。それでも「ともに生きる」礎は揺るがなかった。地域の人々が声をあげ、2016年5月には、理念法ではあるものの、国会でヘイトスピーチ解消法が成立する。そして2019年12月、ヘイトスピーチを刑事罰の対象とする、全国で初めてのヘイトスピーチ禁止条例が、川崎市議会で全会派一致のもと可決された。
こうした先例はすでにある。今こそそれに学び、社会の枠組み自体を前に進めるときではないか。
※所属・職名等は本誌発刊当時のものです。
2025年12月号
【特集:「排外主義」を問い直す】
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