【特集:大学発スタートアップの展望】
新堂 信昭:慶應が目指す大学発スタートアップ支援の形
2024/05/07
4.スタートアップ部門の活動
スタートアップ部門では、起業支援内容の充実化を図るため、全学の教職員・学生を対象に起業意識アンケートを昨年実施しました。その結果、起業家を目指すための教育や起業家コミュニティのネットワーク、起業に向けた伴走・壁打ちといったコミュニティ機会提供、チームメンバーや外部専門家の紹介や、起業のための資金獲得支援、その他にも、起業のための学内ルールの整備や起業のための施設など、「人材」・「資金」・「環境整備」に関する支援のニーズが非常に高いことがわかりました。これらのニーズを参考に、スタートアップ部門では、(1)スタートアップコミュニティの活性化、および(2)スタートアップ育成支援と学内整備、の2つの活動を中心に学内の起業支援を進めています。
(1)スタートアップコミュニティの活性化
本学のスタートアップコミュニティを活性化するため、様々な取り組みを進めていますが、その初動として、イノベーション推進本部のウェブサイトを一新しました(https://innov.keio.ac.jp/startup/)。ここでは、起業に関する各種イベントやニュース、助成金・補助金やアクセラレーションプログラムの申請方法、スタートアップ部門が取り組む支援活動や本学から生まれたスタートアップの情報などの様々な起業コンテンツを提供しています。
また、学内外で開催される様々なアクセラレーションプログラムやイベント(躬行実践アントレサロン、健康医療ベンチャー大賞、起業支援プログラム1stRound、Greater Tokyo Innovation Ecosystem(GTIE)、医療系スタートアップ育成プログラムResearch Studio、未来Xなど)の主催・共催もしくは後援、参画など、学生や教職員の皆さんへの起業家精神の養成や起業活動の機会提供を積極的に行っています。
本学は、大学発スタートアップの創出を通じた研究・教育成果の社会実装のさらなる推進を目的として、「慶應義塾大学関連スタートアップ制度」を2022年12月に導入しました。
この制度は、本学発のスタートアップ創出や成長を体系的に支援する取り組みであり、大学が主体的に支援対象とする企業を定義しています(要件は次のURL参照:https://innov.keio.ac.jp/startup/support/startup-system/)。
起業家やスタートアップが必要とするヒト・モノ・カネに関わる支援策を、スタートアップ部門がハブとなり、様々なパートナーとの協定等を通じて提供しており、同時に、本制度を本学とスタートアップ企業との間のコミュニティの活性化に活用しています。
この制度の支援を充実させるため、スタートアップ部門では様々な学外のステークホルダーとの連携を深め、またご支援をいただいています。それぞれの取り組みについてご紹介します。
○塾員・塾員団体との連携
スタートアップ部門は、様々な三田会や塾員の皆さんとの連携により、教員・研究者や学生が起業準備や事業を開始する際の事業計画の策定や資金調達などの助言、メンタリング、会社設立などの支援を行っています。スタートアップの創出と成長には多面的な支援が必要であり、多分野で活躍されている塾員の皆さんから様々なご支援をいただけることは本学の大きな強みであると考えています。
また、塾員から大学への寄付金をアントレプレナーシップの振興のための学内起業支援活動費として充てており、スタートアップ部門の様々な取り組みの活動原資として活用しています。このように、塾員や塾員団体の皆さんからのご支援は、本学スタートアップ・エコシステムの発展に大きく寄与しています。
○連携協定パートナー制度
イノベーション推進本部では、大学発スタートアップ・エコシステムの強化やアカデミア起点のイノベーション創出促進のロールモデルの構築を目的として、企業等パートナーと連携しスタートアップ支援を強化しています。いくつかの例をご紹介します。
・優れた研究成果を生み出す教員・研究者と起業をリードする経営プロ人材のマッチングをはかる「慶應版 EIR(客員起業家)モデル」の構築(株式会社ビズリーチ、2022年12月協定締結:https://innov.keio.ac.jp/startup/topics/205/)
・学生・教職員に対するスタートアップ理解やアントレプレナーシップ意識の浸透、データ活用によるスタートアップ支援活動の高質化や効率化の検討などを連携(フォースタートアップス株式会社、2023年5月協定締結:https://innov.keio.ac.jp/startup/topics/261/)
・慶應義塾大学関連スタートアップへの計算リソースの提供や、本学へのスタートアップや起業家が必要とする技術・人材支援や情報提供を通じて大学発スタートアップの創出と成長を加速するための連携(AWSジャパン、2023年9月協定締結:https://innov.keio.ac.jp/startup/topics/314/)
○慶應イノベーション・イニシアティブ
株式会社慶應イノベーション・イニシアティブは2015年に設立され、外部の金融機関等からの出資と合わせ総額350億円のベンチャーキャピタルファンドを運用しています。2023年10月には、3号ファンドとして、社会的インパクトが把握可能な案件へ投資するインパクト投資ファンドの設立を本学と共同で進め、社会面・環境面におけるインパクトの創出とファイナンシャルリターンの両立の追求を目指しています。
慶應イノベーション・イニシアティブでは主に本学を中心とする大学・研究機関の成果を活用したスタートアップ46社(2023年10月時点)に投資を行ってきました。大学の研究シーズからのカンパニークリエイションにも取り組んでおり、創業支援8社、経営者等・採用支援12社の豊富な実績があり、既に投資先3社が東京証券取引所グロース市場に上場するなどの成果が出ています。スタートアップ部門は、慶應イノベーション・イニシアティブと密に連携しながら本学から生まれるスタートアップの育成支援を様々な形で進めています。
(2)スタートアップ育成支援と学内整備
https://innov.keio.ac.jp/startup/support/startup-system/
これまでに医療・健康やデジタル・テクノロジーなど多くの分野のディープテック・スタートアップが本学から生まれていますが、社会実装に資する研究シーズを持つ教員や研究者が自ら事業計画を作り、顧客を探し、ベンチャーキャピタルなどと交渉して起業や資金調達を進めることは依然として難しい状況にあります。そこで、スタートアップ部門では、起業を目指す教員・研究者が抱えている個々の課題やニーズに対して伴走しながら支援する活動を開始しました。時には、知財戦略や技術の移転、研究室での研究と事業との仕分け、助成金・補助金を含めた資金獲得などの相談なども発生しますので、学内の知的資産部門や慶應イノベーション・イニシアティブなどのメンバーも加わった起業検討チームを研究シーズごとに立ち上げています。加えて、これらの起業準備活動を進める外部のプロ経営人材を本学の客員起業家(Entrepreneur in Residence, EIR)として公募する仕組みをビズリーチ社との協定の下で導入しました(前述)。教員・研究者が感じている起業や資金調達までの課題を一緒に乗り越え、起業後も会社経営に参画しうる人材が伴走役としてチームに加わる包括的なサポート体制を整えています。
前述以外にも、スタートアップ部門では、会社登記準備、株主間契約相談、法人口座開設など法人設立に関する支援に加え、事業会社・CVCなどへの顧客ヒアリングや広報支援、経営人材やエキスパートの採用活動支援(合同公募)、融資相談や他ベンチャーキャピタル紹介、各種アクセラレーションプログラム紹介、ベンダーの優遇プログラム提供支援など、スタートアップの成長に向けたチーム・個社のニーズに応じた個別化支援を協定パートナーや三田会等の皆さんとも連携しながら行っています。
また、2023年10月には、前述の慶應版EIRモデルを含めた個別化伴走支援を体系化した全学のインキュベーションプログラム「慶應スタートアップインキュベーションプログラム(KSIP)」を開始しました。本プログラムの目標は「起業」と「資金調達」の2つのゴールの達成で、慶應の全学プログラムとすることで、孤立しがちな研究者・起業家チーム同士がつながり、知識や課題・成功体験を共有し切磋琢磨できるような従来にないコミュニティを形成することによる相乗効果も期待しています。このKSIPコミュニティには、前述のEIR以外にも本学発のスタートアップの育成に共感いただける塾員・三田会などの支援者にもご参加いただけるよう展開していく予定です。
更には、本インキュベーションプログラムと連動する形で、事業化に向けた調査・検証や起業準備活動に柔軟に活用できる学内ギャップファンドを新たに立ち上げるべく、この原資を供給するための「スタートアップ支援資金」の構築準備を現在進めています。
本学は、大学独自の起業家向け資金提供プログラムを現状有しておらず、現状はJSTやNEDO等の公的な助成金・補助金の事業を受けていますが、機動的な活用は難しいため、本学独自のギャップファンドを設立することで、大学シーズからの起業と事業化の促進を図っていく方針です。
本学は各学部・研究科・キャンパスの独立性が強く、それぞれにおいてイノベーションやスタートアップの創出活動が進んでいますが、活動が分散し情報交換や交流が進みにくいという課題があります。また、異分野の研究領域の融合から生まれるイノベーションやスタートアップの育成や、産学官金連携の更なる促進に対応するため、より一体的な物理的な場のコミュニティの整備が必要であると考えています。
信濃町キャンパス(医学部・大学病院)では、医療・ライフサイエンスを軸とした基礎・臨床研究、教育を通じて生まれた本学発シーズ由来のスタートアップ創出や企業との共同研究による社会実装活動が積極的に進められています。この信濃町キャンパスの特徴を一層強化するため、信濃町キャンパスにスタートアップ支援に必要な機能を持つ全学のインキュベーション施設(CRIK信濃町/Center for Research and Incubation, Keio University, 詳細は次のURL参照:https://crik.keio.ac.jp)を開設すべく、2024年5月末オープンに向けて準備を進めています。本施設では、医療データ等を活用したデータ駆動型研究や実証試験の推進、スタートアップの法人設立(登記)と入居が可能であり、またスタートアップ部門やベンチャーキャピタル、士業からの支援など、スタートアップの成長に繋がる様々な支援を受けることが可能な起業家中心の独自のコミュニティを形成していく予定です。
このように、KSIPや新たなギャップファンドの「仕組み」と、CRIK信濃町の「場」をそれぞれ整備していくことで、本学発のスタートアップの育成を加速していきます。
5.今後の展望
現在取り組んでいる本学のスタートアップ育成の取り組みについてご紹介しましたが、今後は次の3つの活動を強化していきたいと考えています。
(1)社会実装の強化に向けた学内ルールや体制の更なる整備
イノベーション推進本部を中心に、大学内の優れた研究シーズの発掘や強い知財創出および知財戦略や技術移転活動の強化、起業プロセスに関わる様々な課題克服に向けた取り組み(知財や利益相反、技術移転時のポリシー・規定およびライセンス対価として発生する株式等の取扱規程などの策定)を進めていきます。これにより、本学からスタートアップが生まれやすい環境を提供すると共に、グローバルに通用するスタートアップの成長を促していきます。
(2)学内各キャンパスとの起業風土醸成に関する連携強化
各キャンパスで行われているアントレプレナーシップ教育活動との連携、本部- キャンパス間およびキャンパス同士のスタートアップ育成に関わる連携体制の更なる強化を推進し、社会課題解決に取り組む起業家等のリーダーを本学から継続的に輩出できるよう取り組んでいきます。
(3)本学のスタートアップ・エコシステムの活性化
塾員や三田会等の卒業生団体、起業家や支援者、連携協定パートナーを含む企業などの学外の様々なステークホルダーの皆さんと大学との更なる協働や連携の促進を図り、慶應義塾を取り巻くスタートアップ・エコシステムの活性化を促していきます。
これらの取り組みにより、スタートアップ育成を通じて本学の教育や研究の成果を社会に届けること、そして、スタートアップ支援による知的財産権の対価や支援者からの寄付金など社会貢献の対価等を原資として、次世代の教育や研究活動に関わるリーダーの育成に投資することを促進していきます。慶應義塾は、社会の先導者として持続的に社会に貢献し続けるために、スタートアップの育成を介した社会課題の解決と未来への投資のための循環を進めていきたいと考えています。
※所属・職名等は本誌発刊当時のものです。
2024年5月号
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