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【特集:AIと知的財産権】
座談会:生成AIと共生するために考えておくべきこと

2023/06/05

AIと大学教育

君嶋 AIに従来の論文、データなどを分析・解析させるにしても、クリエイティブな部分は人間がやっていく必要がある中、慶應義塾という研究教育機関の中で、次世代の若い人たちをどのように教育していくべきか。あるいはどんな研究環境を整えるべきか。ぜひご意見をいただければと思います。

矢向さんはAIコンソーシアムの取組みを最初から見てこられましたが、簡単にご紹介いただけますか。

矢向 「AI・高度プログラミングコンソーシアム」(AIC)と言いますが、10年ぐらい前からAIがいろいろなところで話題になり、それを敏感に感じ取った学生が、AIについて学びたいと言う。

でも例えば法学部の中に機械学習の授業はない。それで、文系、理系の垣根を越えてAIに興味のある学生を集め、互いに学習し合う、学び舎の中の学び舎をつくったのです。

そこでは、得意な学生が他の学生に教えることを主としているので、われわれ後方スタッフの教員は教えるのではなく、仕組みをつくることに力を入れています。でも学生同士が触れ合う中で、教員では思いつかないような学生ならではの視点や発想も出てきているので、やってよかったという気持ちです。今、5年目に入り、活動を続けています。

君嶋 素晴らしい取組みですね。一方、AICのように単位が付かない学生の自主的な活動の場は、意識の高い学生は来ると思いますが、あまり意識が高くない、単位になるから授業は取るような学生は、そこには来ないのではないかと思います。

そこまで意識は高くないけど、実は非常にポテンシャルの高い学生はたくさんいると思うので、そこをどう教育していくのか、いつも悩むところです。

矢向 難しいですね。AICは単位を今まで出していないし、これからも単位を出すのは難しいと思っています。単位を与えるからには大学としてオーソライズし、文科省からもある程度認められないといけない。今は学生が学生を教えるという枠組みだからです。

今のところは単位にならなくてもやりたい、というとがった学生を中心に活動することでいいのかなと思っています。

君嶋 杉浦さんはまさにAI研究の研究室を運営していらっしゃいますが、教育面でどんな工夫をされていますか。

杉浦 私が学生の頃はAIの研究で就職できるようなものではなく、一部の学生が単に楽しいから取り組む分野でしたが、今はいろいろな応用で使われているので、興味を持つ学生は多いです。

学部レベルの教育での大きな変化は、今年度から理工学部の学生の大半が受講する「理工学基礎実験」という科目に、ニューラルネットワークが開講したことです。

そこで、実習形式で面白い技術があることを伝えれば、興味を示してくれる学生は増えると思います。より多くの人材に広げると同時に、専門的な内容に深く取り組んでいきたいと考えています。

君嶋 法学の分野の教育は、変わる部分はあるのでしょうか。

奥邨 今、アメリカの判例検索サービスは、皆、AI実装を売りにしています。また、日本でも、リーガルテック関係では、AIがポイントになってきています。道具としてAIを使いこなすことは、法学系でもやっていかないといけない。

また、まさに852話さんのような、コンテンツとテックを融合させた、新しいコンテンツがどんどんできていく時代なわけです。だから、知財や著作権を勉強する、研究するには、技術そのものはわからないにしても、そこに興味、関心を持って楽しいと思って取組む若い人がどんどん増えないといけないと思っています。

私としては、技術そのものを教えられるわけではないですが、新しい世の中の動きがあり、新しいトラブルも起きている。それに法学はこうやって対応していくのだというところをリアルタイムで見せることで、学生の関心を集められればと思います。若い人は、新しい技術をどんどん使えるようになりますから、法学でも、私たちが想像できないような発想でやってもらえるようにしたいですね。

君嶋 コンテンツに興味があるので知的財産法をやりたいという学生は非常に多いですね。そういう学生は、法律学科の学生でも、絵や音楽が好きだったり、プログラミングをやっていますとか様々な特技がある。伝統的な法学の勉強は憲法、民法、刑法等、六法をきっちり体系的にマスターしていくのが基本ですが、従来の教育システムで必ずしもハッピーではない学生もいて、実はそれがマジョリティーであったりします。

そういう学生は才能がないかというと、全然そんなことはない。新しい事象に関心があり、コンテンツ、ゲームがとても好きで、その業界で仕事をしたいということが法学を勉強する動機になる。また、法律学科へ入ったけれど、理工学部に行って勉強を一から教えてもらいたい、あるいはダブル・ディグリーで専門を2つやりたい、といったいろいろな教育の可能性があるように感じています。

新しいことが出てきた時、AIに任せられるところは任せてしまう。その先に、基礎知識に基づいてどう法的な問題、社会的な問題を解決するかといった発想のできる学生を育てられるといいと思うこともあります。

杉浦 まさしくそうですね。現在では、AIは多様なユーザーに使われるようになりました。ただ、AIをつくるほうは依然として情報系に偏っているので、法学などいろいろな専門家と議論する部分は重要だと思います。様々な学生に興味を持ってもらえると、教員としてはうれしいですね。

矢向 先日、AICの本年度のガイダンスをやったのですが、法学部の2年生のすごく元気な学生がいて、ガイダンスの後で長く話しました。ChatGPTだけではなく画像の生成系AIなどもすでに使っていました。

従来の教え方が合わない学生もいるというのは、流行りの言葉で言えばある種の多様性だと思っています。多様な学生を慶應義塾としてきちんと育てていくことを考えると、きちっとしたカリキュラムだけで教えるのではなく、1人1人個別の教育ができるようにしていく必要があると思います。

そのためには学生ともっと密にコミュニケーションを取り、将来やりたい希望をくみ取って、教員が持てる教育力をうまく提供してあげる教え方にシフトしていくべきと思っています。

先人の知恵を敬うこと

君嶋 852話さんから見て、大学教育に対する要望などありましたら、ぜひお願いします。

852話 生成AIのコミュニティーなどでは技術的にプログラミングを書いてAIのモデルを動かしたり、コミュニティーを実際に管理している中高生がいるのです。

これから大学でAIの分野を強化していくことは、その子たちの未来にとても役立つと思います。無料で触れられる技術だからこそ、デジタルネイティブ世代に広く広がっている。TikTok などのアプリでも、AI変換というのが画像分野、動画分野ですごく流行っていて、大人が思う以上に彼らにとっては日常のものになってきています。

下の世代は日常的に「こういう技術やこういうアプリ面白いよね、あるある」みたいにすごく身近に感じています。中学、高校で絵を描いていたけれど、技術的な方面に興味が出てきたので、それを学ぶにはどうしたらいいですかと、リアルな声が私のところにも届きます。

前向きに、教育の現場として受け入れの態勢を整えていただくのが、よい未来につながっていくのではないかと思っています。

君嶋 若い世代がどんどん活躍できる場をわれわれ大人がつくって、自由にいろいろなことを試すことができることが重要ですね。若い人たちが失敗しても温かく見守ってあげる。もうちょっとこうしたらいいのではとか、この部分をこうやると傷つく人がいるとか、社会全体が教えてあげる。あるいは一緒に行動していく。そういうことができるようになると、AIがいくらお利口になってもそれを利用してさらに楽しい、豊かな生活が送れる社会になるのでしょう。

矢向 知的財産権について思っていることが1つあります。私は法律については詳しく知りませんが、その裏にある思想は、先にそれを考えた人への表敬だろうと思うのです。

先人の知恵を敬って利用するということは、人に対する敬意が根源にあると思うので、AIが出したものについても、ここの部分はこの人のアイデアを使っていますと、きちんと表示されるようになると、AIも尊敬されるようになるかもしれないし、その裏にあった元の原作者への敬意も表せるようになる。誰のアイデアが裏にあるのかが見えるような生成系AIが出てきてくれるといいなと思います。

和歌で言うと本歌取りのような考え方で、昔の人への敬意があれば、それを借用しても作品として成り立つという文化もありますので、先人の知恵を敬うところを学生にはきちんと教えなければいけないと思っています。

君嶋 そうですね。他の人を大切にする。あるいは他の人の仕事を敬うという昔ながらの社会倫理が、ある意味、技術が発達してくればくるほど重要になってくるかもしれないですね。

本日は大変重要なお話をありがとうございました。

(2023年4月17日、三田キャンパスにて収録)

※所属・職名等は本誌発刊当時のものです。

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