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【特集:AIと知的財産権】
座談会:生成AIと共生するために考えておくべきこと

2023/06/05

AIを使った発明の創作性

君嶋 著作権の話題だけでも尽きませんが、私は主に特許法を研究していまして、AIにより発明ができるようになってくると、それを特許法で保護すべきか、同じように議論されています。

現在、AIを使って技術的な発明をする分野は、一番はプログラミングなのだと思います。それ以外にも創薬の分野でAIの使用が進められているかと思います。

著作権法と違い、特許法の場合は、アイデアを保護する。技術的な課題を解決するための具体的な解決手段を思いついた、それはまさにアイデアそのものですが、それを保護するのです。

現在、杉浦さんはAIを使ってプログラムをされるということでしたが、AIはどの程度の創作性を持ち得るのか。特に技術的課題を解決する面でAIは使えるのでしょうか。

杉浦 1月に自分の授業でChatGPTを使って学生にプログラミングをやらせてみました。プログラミングはビギナーにとっては、わからないところを1つひとつ各自のレベルに応じて教わることが重要ですが、そういう意味でChatGPTは画期的な教育方法だと思います。深層学習のプログラムについては簡単な部分であれば実際に生成することは可能で、ステップ・バイ・ステップでわからない部分を聞くことができます。

ただ難しいところもあります。ニューラルネットはパラメータの数でどれぐらい複雑なことができるかが決まるのですが、そのパラメータ数がどれぐらいかと聞いても、結構いい加減な回答をしてきて、これだと専門家的には使えないクオリティーです。

初級知識に関してこちらが検証するという条件下では非常に有用だと考えていますが、一方、高度な知識を生成するには、アイデアの部分をプロンプトで入れない限り難しいのが現状です。

君嶋 弁理士が実際に特許出願の書類を書く時は、従来の技術でどういうものがあったかをまず説明する。そして、その従来技術では解決できなかった課題を今回の発明ではこのように解決したというように、発明を説明していきます。従来の技術は、正確な検索をかければ論文や昔の特許出願のデータが拾えるわけで、その検索をした結果を正確に要約する作業はコンピューターが得意なのだろうと思います。

そこから、これまで解決できなかった課題を解決する手段を新たに思い付くところはまだできないのでしょうか。従来の技術のデータをどんどん学習させていけば、平均的な技術者がすぐには思いつかない課題解決も、データ解析によりできる時代がくるのかと想像するのですが。

杉浦 今、主流のニューラルネットという手法は、内挿・外挿という考え方で説明がつく部分があります。実はニューラルネットは外挿が非常に不得意です。つまり、今までなかった知識を外側につくるのが今の技術だとかなり難しい。

ですから本質的に新しいものをつくるには人間の助けが必要なのです。ただし内挿が得意だということを生かすと、A分野とB分野の中間のところを今まで特許として捉えていなかった場合は、発見できてしまう可能性もある。そういったアイデアはAIでも思いつく可能性があると思います。

矢向 内挿・外挿の話も空間がとても広いと端と端だけが知識としてあり、間がすごく空いているのでいくらでもバリエーションが出てくる。だから内挿だけが得意だからといって必ずしも新しい発想が出ないわけではないと思います。

もう1つ、もっと古い技術ですが、遺伝的アルゴリズムがあって、これは人間があらかじめこれとこれの組み合わせがほしいと、バリエーションを与えた上でどのぐらい配合するかを決める方法があります。そういうものであれば、発見はたぶんいくらでもできて、それでロボットを制御することも昔から多くやられています。

その技術を化学の分野に応用すると新しい創薬などもできるようになる。そこは今、やっておられる方がたくさんいると思う。それを仕込んだ人間が偉いのであり、私は発明として捉えていいのではないかと思っています。

杉浦 そうですね。例えば重要な研究が1つなされると、次の年に周辺研究が多く発生することは、これまでもありました。そういう形で一点だけ人間がつくれば、その近くを全部AIが埋めるということがあり得るかもしれません。

AI前提社会をどう考えるか

君嶋 そうするとAIが内挿の部分をしっかりやってくれる時代になれば、人間はクリエイティブな部分の作業に専念でき、より高度な発明が生まれやすい環境が出てくるのでしょうか。

杉浦 そうですね。例えば最初に囲碁の棋士のレベルの話をしましたが、ツールを使って人間の発明力が上がる形も考えられると思っています。

君嶋 まさにそこを教育者としては期待しています。われわれ文系の論文を書く作業を考えた時、その問題について書かれた従来の論文を読み込んで、これを要約し解析をした上で自分の考察を加え新たな見解を出していくわけですが、そういった作業をAIに手伝ってもらえるようになる。

AIに任せられるようになれば、今、たくさんの量の先人の論文や判例を読みこなすのに四苦八苦しているところを、だいぶ時間を節約できるようになる。結果、そこから何を考えるかという部分に人間の時間や労力を集中できるようになると思います。

矢向 私は教育という立場で考えると、「AIはとにかく使いこなせ」と学生にはいつも教えるようにしています。道具は使えるようになるに越したことはなく、今さら電卓も使わずに全部筆算でやるのは効率が悪い。同様に使えるものはとにかく使う。自分を高めるために使う分には全然問題がなく、むしろ奨励すべきと思っています。

ChatGPTの文章をそのままリポートにするのはナンセンスですが、先ほどの囲碁の話のように、AIとやり取りしながら自分を高めていくことには積極的に使うべきだと思います。

杉浦 私も同意見で、鉛筆や辞書と同様にAIはツールです。ツールであるなら、適切な使い方を教育する、という考え方もできます。

一方、AIが米国の資格試験のいくつかで合格圏のスコアを取れているなら、同様の難易度のリポートのみで人間の成績を判定するのは、難しくなるかもしれません。AIで解ける問題のリポートのみでしか成績を付けないということは社会的に今後許されていくのか。ここは私たちも考えるところだと思います。

奥邨 Googleが生まれてから、論文を書く上では、検索が大前提になっていますよね。ただ、検索にも上手な人と下手な人がいて、論文指導をしていると、発想はユニークなのだけど、検索が下手なのか、集めてしまったものが的外れという人がいるわけです。しかし、これからはAIがサポートしてくれて検索下手はなくなるかもしれません。

ただそうなると、すぐにAIで再現できるレベルは評価されなくなるでしょう。発明でも、AIでできそうなところは、進歩性がないと言われることにもなる。これからは、AIを使った上で、プラスアルファの部分ができるかできないかで差が出ることになります。

君嶋 進歩性のレベルが上がってくるというお話ですが、そもそも知的財産法で著作物や発明をなぜ保護するかを考えた時、1つは創作の成果に関して、それを生み出した人に一定の報奨を与えるべきとして、その人は一定期間優遇される権利があるという考え方があります。

もう1つ大きな要素として、新しく創作されたものを社会実装につなげ、それにより社会が豊かになり、生活が便利になる。あるいは文化的に素晴らしい体験ができる。そういったことから保護をしていく面もあるわけです。

特に産業の発達を目的とする特許法の分野に関しては、発明が完成したら、すぐに社会が豊かになるかというと、そうではない。それを社会で使えるようにするためにはさらに何年もの研究開発をして製品化をしてそれを普及させていく過程があって、初めて社会に実現されていくものです。

すると、「人間が創作したから保護するのだ」という考え方だけだと、AIで自動的にできるなら保護しなくていいじゃないか、となってしまう。でも創作されたものを社会に実装するために時間やお金を投資するために、インセンティブをつくることも重要です。だから、AIだけの創作だから保護しないという従来の考え方は、再検討が必要でしょう。

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