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【特集:AIと知的財産権】
座談会:生成AIと共生するために考えておくべきこと

2023/06/05

AIに入れるデータの利用

君嶋 もともとの教師データとかアルゴリズムがあり、そこに指示をする際に画像イメージで指示を入れる場合と、言語で指示を入れて画像を作成させる方法があるのだとわかりました。その中で知的財産権に関して、問題視されることが実際に起き、アメリカでは実際に訴訟も起きています。

日本では、AIに入れるデータの利用に関して著作権法はどのようになっているのか。奥邨さん、ご説明いただけますか。

奥邨 日本ではもともとテキストマイニング、データマイニングのための権利制限規定がありました。辞書を作る際とか、写真の顔認識技術を開発したりする際などの情報解析のためであれば、必要な範囲で他人の著作物をコンピューターで無断で利用できるという規定です。

この規定そのままで、AIの深層学習に適用できるかについてはいろいろ議論があったのですが、平成30年(著作権法平成30年改正)に、機械学習全般を含む情報解析に際して、必要な範囲で他人の著作物を自由に利用できるという規定が整備されました。

そのため、日本では現在、AIに機械学習をさせるためであれば、ネット上のものも書籍も、入力=複製することについては著作権法上問題がないという状態になっています。そういう点から、日本は「機械学習パラダイス」とも言われ、世界で一番、明確かつ広く、機械学習に関して著作物の自由な利用を認めていると言われます。

ただ、以上は学習過程の話でして、生成過程を経て、今、852話さんがおっしゃったように、既存の作品とよく似たものがAIから出力されるケースについては、別の議論となります。

君嶋 OpenAIのCEO、サム・アルトマンさんが来日され、日本にオフィスをつくりたいと宣言された理由の1つは、日本の著作権法が、機械学習について制限規定をきっちり設けているのでやりやすいからと言われています。つまり、訴訟リスクを減らせるという企業のメリットがあるのかと思います。平成30年改正がこういった事態を予測して立法されたとすれば、素晴らしいことです。

しかし、そうは言っても、データとして入れ込むなら何でもいいということではなく、著作権の制限の範囲内として許されるということです。著作権には複製権や公衆送信権等、様々な権利が含まれていますが、この制限規定はあらゆる著作権の行使に関して、原則として権利侵害にならない場合を制限列挙しています。同時に、著作権者の利益を不当に害するものであっては駄目だという例外も規定しています。

つまり、データを入れ込んだ結果として著作権者の利益が不当に害されたと法的に判断されると、その結論がひっくり返る可能性が残されています。そこをどう考えるかが、著作権法の解釈としては重要になってきます。

著作権の有無の判断はどうされるのか

杉浦 アメリカでの例を1つあげると、去年の10月にGitHubのCopilotのフリーバージョンで起きた問題で有名なものがあります。

テキサスA&Mユニバーシティの教授が、自分が著作権を有するプログラムのコードがAIで生成されてしまうことを発見した。私は人間が書いたコード、AIのコードの両方を見ましたが完全に同じではないです。でも、コメントというプログラムの本体ではなく自分の考えを出すところが同じで、普通にこれを見たらかなり類似している。ですからこの教授の意見は確かにそうかなと思っています。

プログラムも自分の頭の中にあるものを随時出していくやり方で使われることも多いので、いきなり全部が生成されることはなく、1つずつプロンプトで命令していきます。なので大規模な、例えばあるゲームをつくる場合は、その人間の意図がはっきりしていないとコードはつくれないのが現状です。

どこからが著作物に当たるのかを、ぜひお聞きしたいと思います。完全に一致していないけれど、似たようなものとプログラマーが考えるものが生成されてしまった場合、どうなのか。

また、仕様書と呼ばれる部分に近いのですが、人間の考えをインプットでプロンプトで使った場合は、これはどこまでが著作物になるのでしょうか。

君嶋 いわゆるプロンプトや命令として書かれた言語の著作物性ということですね。奥邨さん、いかがでしょうか。

奥邨 プロンプトそのものを、著作権法上どう捉えるかはまだ裁判もないので、私見になりますが、AI=コンピューターに対する指令ですから、プログラムの著作物と位置付けることが可能だと思います。

非常に簡単なプロンプトだと創作性がないため著作物にはならないと思いますが、複雑なかなりの程度長いプロンプトは、プログラムの著作物と評価できると思います。

しかし、プロンプトと、出来上がった画像が1対1対応しているのであればまだしも、いろいろなバリエーションがあるとなると、プロンプトが直接、出力画像や文章を表しているということではない。そうなると、プロンプトの著作権を持っているからといって出力に対して著作権を持つとは言えなくなります。

杉浦 なるほど。厄介なのがランダム性を入れることが簡単にできてしまうところです。そうすると出力されたものの見た目が結構変わってしまう。最後はやはり個別のケースで判断となると、人間が出力されたものを見て、これは著作権法上問題である、と判定していく形になるでしょうか。

奥邨 そうですね。アメリカでMidjourneyを使って作成した漫画を著作権局に登録しようとした事例があります。これは「暁のザーリャ」(Zarya of the Dawn)事件と言いますが、作者が、特に説明なく申請して、最初はそのまま登録が認められたのですが、登録後に作者がSNSなどで、「Midjourneyを使ってつくった漫画が登録された」みたいにつぶやいたところ、著作権局が作成の状況を改めて調べて、先の登録は取り消されました。

その上で、漫画のセリフの部分は作者が自分でつくったので著作権登録を認める。しかし、Midjourneyから出力された個々の画像については、登録を認めないと決定したのです。

なぜかというと、このケースではかなりアバウトなプロンプトを入力して何百枚も出力した中でイメージに近いものを選び出すようなやり方だったと著作権局は言っています。この場合、作品をつくる上での人間の貢献の程度は低く、この程度では人間が(AIを道具として用いて)著作物をつくったとは言えない、AIが自律的に作成行為を行っていると判断したわけです。そして、アメリカの著作権法は、人間以外がつくったものには著作権を与えないので、この場合も画像は著作権登録されなかったのです。

なお、作者は、AIが出力した画像に、自分で直接描き加えたりもしたとも主張したのですが、ちょっと色を塗ったとかのレベルでしたので、著作権局は、それでは不十分だと判断しました。

プロンプトが一定の影響を与えても、出力に関してランダムに委ねる部分が大きい場合、人間がつくったとは言えない、AIが自律的につくった、そういう考え方が示された訳です。アメリカのケースですが、日本でも大いに参考になると思います。

君嶋 著作権法は、基本的に人間が創作活動をすることを対象にしています。日本の著作権法では、創作性のある著作物を創作した者に、著作者の権利が発生します。各国で制度は違いますが基本的な発想は同じです。AIを道具として使用し、創作活動をした場合、どこにどの程度人間が創作的な寄与をしたかで、それが著作物として著作者の権利の対象になるかが判断されるわけですね。

従来のプログラムの著作物の著作権侵害があるかどうかが争われた事例でも、プログラムが、コンピューターに対する指令として誰が書いても同じになるような単純な指令の組み合わせでしかない場合、あるいは複数の選択肢の中から1つの表現を選択したとは言えない場合は、プログラムとしては機能していても著作物としては保護されない、となります。

また、人が創作性を加えた表現の部分を模倣していると侵害になるけれど、そうでないところが似ているだけだと著作権侵害にならないというのが従来の基本的な考え方でした。これがプロンプトになった場合は、それがそのまま適用されるのか。プロンプトだと抽象度が高くなっているので、そもそも創作的な表現と言えるのかということから争われるケースが多い気がします。

その先に、いろいろな指令に基づいて生成画像ができ、著作物に見えるものが作成された場合、それが著作権法上、保護されるのか。奥邨さんが言われたように、人がどのように創作的に関与しているかを見た上で個別に判断するのか、総合的に判断するのか。基本的には人の創作的な寄与が表現に反映されているかどうかを基準に、生成物が著作者の権利の対象になるかどうかを判断します。

杉浦 そうすると、例えばプログラムをわれわれは書くのですが、後で訴えられないためにプロンプトを保存しておくことも重要ということですか。

君嶋 そうなるかもしれません。

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