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【特集:団地の未来】
山本直子:団地の中の多文化共生

2023/05/08

  • 山本 直子(やまもと なおこ)

    東洋英和女学院大学国際社会学部専任講師・塾員

団地の中の異文化世界

外国人が多く暮らす団地と関わり始めてから、約20年が経とうとしている。日本語支援のボランティア活動や研究活動を通していくつもの団地を訪れた。団地を歩くと、さまざまな香りがする。スパイスの香り、ハーブの香り、シャンプーや香水の香り……。そこに集まる人々の出身地によって、その団地に漂う香りは異なる。日本のごく普通の住宅街では出会うことのないような香りに包まれながら団地を歩き、そこに暮らす異国から来た人々の日本での生活を感じてきた。2000年代の団地では、衛星放送の受信アンテナを設置しているベランダが多いのも特徴的な風景の1つだった。その風景からは、入居者の中に海外のテレビ放送を受信し、母国のニュース等を見ている外国人世帯が少なくないことを知ることができた。

近年、団地といえば少子高齢化を象徴するような存在となり、近隣に暮らす人々の顔も知らない、というような孤立も問題として取り上げられがちだが、団地の中に一歩入りこめば、多国籍化や多文化化という、現代の多くの団地が持つもう1つの側面が見えてくる。そこは、外国にルーツを持つ人々が出身国の味や香り、情報やファッションといった異文化を持ち込む場所であり、国境を越えたどこかと絶えずつながる結節点でもある。

高度経済成長期の団地

そもそも団地とはどのようなものを指すのだろうか。一般的に「団地」とは、戦後の住宅不足を解消するために建設された、とくに箱型で画一的な集合住宅(公団住宅)のことを指すとされる(岡村圭子2020、金子淳2017)。第2次世界大戦後の日本では住宅不足が深刻となり、終戦から10年が経過した時点でも全国で約270万戸の住宅が不足していた(安田浩一2019)。1955年、住宅不足の解消と住宅環境の改善のために、日本住宅公団(現・UR都市機構)が設立、1958年になると大規模団地が建設され、人々の入居が始まった。全国各地にみられる団地の多くが、エレベーターのない5階建て住宅であることの背景には、深刻な住宅不足の早期解消を一番の目的として短期間に大量に建設されたという事情がある(安田浩一2019)。日当たりが良く、学校や商店といった子育てのための環境が整った団地への入居を希望する世帯は多く、入居のための抽選は非常に高い倍率であった。当時の入居者に、学校の教員や大企業のサラリーマンなどが多かったことには、一定の所得があることが入居の条件とされていた団地も多かったことと関係していたのだろう。80 年代頃までの団地は、比較的生活の安定した中間層の子育て世帯で賑わう希望を感じさせる場所であった。

団地の多文化化

しかし、60年以上の時を経た現在、団地の持つイメージはその頃のものと大きく変わった。日本社会全体においても生産年齢人口を構成する日本人世帯が減少し始めた1990年代の後半以降、かつて若い家族の憧れであった団地は、建物の老朽化や交通の便の悪さもあいまって、若い世代から目を向けられることは少なくなった。エレベーターが設置されていない棟では、上層階で空き部屋が目立つようになり、入居者の高齢化と孤独は団地をめぐる深刻な問題となっていった(金子淳2017)。同年代の層が同時期に一斉に入居してきたことに起因して、年月の経過とともに入居者の年齢層が高くなり、若い層に空洞が見られるようになった。その空洞は年々広がっていくこととなったわけだが、その穴を埋めるようにして団地に入ってきたのが、南米やアジアから来た多くの外国人労働者であった。

1990年代には、入管法の改正(1989年)や技能実習制度の導入(1993年)などによって、就労や留学を目的とした在留外国人が増加していた。団地は、URや住宅供給公社などの公的な組織が管理・運営していることが多いことから、外国人というだけで入居の拒否がされるようなことはなく、また、礼金や更新料の支払が不要であることから、経済的に必ずしも裕福ではない外国人労働者にとっては、日本に到着してまず初めに居住する場所として最適であった。企業が外国人労働者のための寮として団地の一部を借り上げるケースも多く見られた。ブラジル人が多く暮らす豊田市の保見団地、ベトナムをはじめアジアにルーツを持つ人々が多く暮らす横浜市のいちょう団地、ニューカマー中国人が集まる川口市の芝園団地など、外国人が集住する団地が日本各地でみられるようになっていった。新しく入居する外国人世帯は、子どものいる若い世代が多かったことから、近隣の学校では外国人児童/外国にルーツを持つ児童を受け入れるようになっていった。

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