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【特集:循環する経済と社会へ】
細田衛士:SDGs時代に循環経済を実現するための課題

2022/12/05

新しい経済の形:循環経済

以上述べてきたように、資源の循環利用を促進するための個別製品のリサイクル法などの整備や、EPRによる生産者責任の遂行、廃棄物処理の優先順位の徹底、さらにICTやAI活用による静脈物流の適正化、効率化によって循環経済の基礎ができあがる。市場と制度的インフラストラクチャーの同期が循環経済作りには不可欠なことは先に説明した通りだ。将来の人々も現在を生きる人々も、等しく豊かな環境と資源の恩恵に与るには、こうした方向での経済の改革が必要だ。しかしこれだけでは十分ではない。

何が不足しているのか。それは、ここまで述べてきた循環経済構築の要素が生産面あるいは供給面のみについてであるということだ。つまり、消費者の支払意思に基づいた需要、あるいはよりマクロ経済に則して言えば有効需要について何も触れてこなかった。周知の通り、経済は需要と供給が釣り合うことによって成り立つ。需要を考えない循環経済は、絵に描いた餅に過ぎない。特に、マクロ経済について考える時、有効需要の概念を抜きにして、雇用や成長を考えることはできない。

ところが、驚くべきことに筆者の知る限り、EUの発表するドキュメントにはこの視点が欠けているのだ。生産構造を資源循環型に転換すれば、雇用は増加し、経済成長率もこれまでより上昇するという。有効需要の増加を抜きにしてそのような主張をすることはできないはずだ。確かに、「供給が需要を生み出す」という古典的概念に頼ればそのような主張も可能かもしれないが、経済はそのように動いていない。実際、EUの失業率は改善傾向にあるものの、若年層の失業率はまだ高いままである。

生産構造または供給構造を資源循環型に転換するのと同時に、需要構造を資源循環型に転換する必要がある。実は、これが容易ならざることであり、循環経済への道が「狭き門」を通り抜けて初めて可能になることを示しているのだ。

少し経済学的に見てみよう。循環経済が実現するためにはまず、消費者が低環境負荷型・資源循環型の財に支払意思を示す必要がある。支払意思のないところに需要は生み出されない。しかしこれはミクロの話である。あるところに需要が生まれても、それが他の需要を減殺してしまうようではマクロでの有効需要の増加にならない。つまり、ミクロレベルでの低環境負荷型・資源循環型の財への支払意思の増加がマクロレベルでの有効需要の増加にならないと、経済を循環型にしたからといって雇用が増えるわけでも成長率が上昇するわけでもないということなのである。

しかし、悲観的になる必要はない。なぜなら、今、消費スタイルが物質的なものから非物質的なものに変化する兆候が見えているからだ。耐久消費財などを始めとする物質的なものが各家庭に普及するにつれて、消費者の嗜好は非物質的なものに変わりつつある。

さらに、モノではなくモノが運ぶサービスや機能、すなわちコトを売りにするサービスPaaS(Product as a Service)や、自動車等の乗り物自体ではなく移動を売りにするサービスMaaS(Mobility as a Service)が特に若者の間でうけており、ビジネススタイルもそれに合わせて変わりつつある。また、ネットニュースなどを見ると、衣料品などの売れ筋は、ストーリー性のあるもの、すなわち手に取ることのできない非物質的なものであるということだ。

こうした消費スタイルの変化がマクロの需要として顕在化するまでには時間がかかるかもしれないが、SDGs教育が初等中等教育から行われている現在、やがて1つの潮流となる可能性は十分ある。SDGsには少なからず批判があることも承知しているが、17の目標それ自体を否定する人は少ないだろう。多様な主体が多様な形で持続可能な経済社会を実現しようとする限り、SDGsの目標を自分の行動に紐付けして行動することまで否定することはできないはずだ。SDGs教育が低環境負荷型・資源循環型の製品やサービスの需要創出に貢献する可能性は十分ある。

また、仮に新たなる需要が市場による価値評価になじまず、GDPの増加につながらないとしても、人々の心の豊かさにはつながるはずだ。マクロ経済的にはモノが十分満ち足りた現在、これから人を真に幸福にするのは心の豊かさであると考えるべきではないか。

おわりに:循環経済とカーボンニュートラル

最後に、循環経済とカーボンニュートラル(温室効果ガスの排出量と吸収量を均衡させること)の両立の可能性について述べたい。リユースやリサイクルを行うにしても何らかのエネルギー源が必要であることは言を俟たない。また、バイオ由来のもの以外は焼却処理すると二酸化炭素を排出することになるということも理解しておく必要がある。

まず前者について述べると、静脈物流システムの徹底的な効率化、脱炭素化が必要である。初めは物流のハイブリッド化、そして電気自動車化、水素化などへの移行のロードマップを作らねばならないだろう。もちろん、リユース・リサイクルのエネルギー源の転換についても、初めは低炭素化、次には脱炭素化という道筋を準備しなければならない。

問題は廃棄物の焼却処理である。初めに述べた通り、日本はごみ(一般廃棄物)の処理を焼却に頼ってきた。EU諸国と比較してリサイクル率が低いのもそれが一因となっている。焼却は必ず二酸化炭素を排出するから、原油由来のプラスチックなどを焼却するとカーボンニュートラルにはならない。また、焼却すれば良いという発想がこれまで日本のリユースやリサイクルの促進を妨げてきた可能性を考慮すると、ごみの焼却主義の発想から抜け出す必要がある。ごみ処理を焼却に頼ってきた市町村にとっては難しいことだが、避けられない選択だ。焼却を一挙になくすことは不可能だし、無意味でもある。時間をかけた焼却のフェードアウトと資源の循環利用促進のための具体的なロードマップ作り、これが今求められていることである。

※所属・職名等は本誌発刊当時のものです。

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