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【特集:循環する経済と社会へ】
亀田豊:世界のマイクロプラスチック汚染から見えてくる循環社会への課題

2022/12/05

  • 亀田 豊(かめだ ゆたか)

    千葉工業大学創造工学部都市環境工学科教授

プラスチックの環境排出問題は地球温暖化による気候変動問題と同様に、喫緊の解決すべき問題として多くの国々で考えられ、国際条約締結を目指した政府間交渉も開始されている。しかし、プラスチックはそもそも1955年のアメリカ雑誌『LIFE』に掲載されたように、“Throwaway Living” をもたらす魔法の素材として社会的に祝福されており、そのライフスタイルが確実に世界に広まった結果、現在の状況となっているのは皮肉なものである。

しかし、かつての魔法の素材や化学物質(例えば、ダイオキシン類やPolychlorinated Biphenyl(PCB)、Perfluorooctanoic acid(PFOA)等)が数十年後にヒトや野生生物への高リスク性が明確化し、使用が制限された歴史は決して稀なことではない。だが、今回のプラスチック問題はかつての化学物質とは異なる汚染物質特性や社会的背景があるため、従来の化学物質規制や施策では不十分であることが明らかになりつつある。以下では、関係省庁での委員の傍ら、現場の最前線で調査分析、試験管を振っている科学者観点から見えつつあるマイクロプラスチックの循環社会への新しい課題を考えてみたい。

1.日本行政の保守的思考と先端環境科学の拒絶による遅れ

現在、日本のプラスチック問題はレジ袋やペットボトル等のプラスチックゴミが中心である。しかし、地球上のプラスチックは、専門家により若干異なるが、その大きさにより、マクロプラスチック(25mm以上)、メソプラスチック(5mm以上25mm未満)、マイクロプラスチック(1μm以上5mm未満)およびナノプラスチック(1μm未満)と区別され、その毒性や環境中挙動から別物として考えられている。現在の日本における循環社会等の議論の中心は「マクロ、メソ及び0.3mm以上のマイクロプラスチック」である。しかし、海洋等の水圏におけるプラスチック毒性研究が日本よりも15年程度進んでいるEUでは、最も毒性やリスクが高いと懸念すべきは数十~1μmのマイクロプラスチックとされている。つまり、世界のマイクロプラスチック規制の最先端のEUと我が国の考え方には大きな乖離が生じている。

この乖離の原因は日本行政独特の考えではないかと感じている。つまり、日本は10年以上にわたる日本近海での0.3mm以上のマイクロプラスチック調査の成果があるため、今更、微細なマイクロプラスチックを調査しなくてもよいではないかという「保守的思考」がある。また、当時から微細マイクロプラスチックの危険性が懸念されていたEUの情報を取り入れず、「最新の科学的成果で臭いもの(行政や経済にとって不都合なもの)には蓋をする日本人的思考」も原因であろう。その結果、日本では大型のプラスチックに関する循環社会へのビジョンが発展した。

結果的に、EUは未知なるものに予算を投資し研究成果を蓄積した結果、0.3mm以上のプラスチックよりも微細なマイクロプラスチックの生態リスクが高いという真実を導き、それに基づく循環社会像を目指している。最近では、マイクロプラスチックの製造や使用に関するEU指令も検討するなど、現在のサプライチェーンを大幅に変革するレベルで世界をリードする立場となった。今後、日本が世界に循環型社会を提案していくには、臆することなく異なる概念を持つ世界を理解し、それを科学的に評価したうえでそれらをハイブリッドしていく対外的な積極性と地道な努力が必要ではなかろうか。

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