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【特集:デジタル教育の未来】
鈴木二正:慶應義塾幼稚舎でのデジタル教育──コロナ禍でのタブレット端末を活用したオンライン学習の実践

2021/11/05

3.Web会議ツールを利用したオンライン学習の支援

このように休校期間中でも家庭での学習が行えるように課題配信を行いましたが、やはり児童とリアルタイムにオンライン学習の支援を行いたいと思い、Web会議ツールを使用し普段の朝の会や、ホームルームの時間をオンラインで行うことにしました。

MDMを使って、児童のタブレット端末にWeb会議ツールをインストールした後、2020年4月10日に初めてのWeb会議(ホームルーム)を実施しました。以降、学校が再開する6月15日までの間に合計19回のWeb会議を実施しました。Web会議の内容は、挨拶から始まり、出席をとる、本の紹介、配信してある課題の復習、配信中の課題の補足説明、新出漢字の書き順の確認、その他雑談など、30分程度におさまる内容としました。

学校の教室と同じような雰囲気で、子どもたちはしっかり静かに話を聞くことができ、そしてまた問いかけた際には発言するなど、オンラインでもスムーズに進行することができました。参加児童の音声を一度もミュートにする指示が必要なかったほどです。お互いに場所は違っていても、友だちや教員と交流を図ることができるように、グループの構成は都度、変えるようにも工夫を施しました。

また、5月初旬には、「個別お話しタイム」の日を設定し、クラスの児童1人1人とWeb会議ツールを使って、担任と児童とが個別に話をする機会を作りました。休校期間が2カ月近く経ち、外出を控える日々が続いている中、子どもたちの様子を知るため、嬉しかったこと、困ったこと、課題についての質問など、話す内容はフリーテーマとしました。個別に子どもたちの話を聞くことで、メンタルヘルスのケアとともに、子どもたちが少しでも安心できる時間・機会になればと考えました。グループで行っているWeb会議とは、また違った気軽な雰囲気の中で、児童(と保護者)とのオンラインでの個別の会話を楽しむ時間となりました。

計19回のクラス・Web会議では、デジタル教科書も必要に応じて活用しました。オンライン学習の課題は、毎週配信され、毎日勉強する項目が設定されています。Web会議中に、教員のコンピュータからデジタル教科書の画面を皆で共有し、国語であれば「ほたるの一生」の単元において、文中の大事なところにマーカー機能でポイント解説を行ったり、算数であれば「時こくと時間」や「長さのくらべ方やあらわし方」の単元で、時計ツールや定規ツールを使って復習をしたりするなど、効果的に活用することができました。

デジタル教科書は、ポップアップ、ズーム、アノテーション、ページオープンなど様々な機能を有していますが、特に、デジタル教科書の拡大表示(ズーム)機能を使うことで、漢字の終筆(とめ・はね・はらい)の部分や、算数でのものさしや時計の細部をはっきり提示することができたのは効果的な機能でした。リモートではあっても、デジタル教科書を活用することで、的確に解説することができ、また児童にとっても理解の一助になり、デジタルならではのアドバンテージを認識することができました。

一方で、通信環境の問題から、表示しているデジタル教科書の画面の品質安定性の担保については課題もありました。また、算数の問題文の読み上げや、国語の物語文の音読など、音声を伴う学習活動については、特に低学年生では、オンライン学習だけではなく対面授業での一斉学習の場面が必要であるといった課題もあるように思いました。

算数デジタル教科書「時こくと時間」

4.今後のデジタル教育

このようにタブレット端末の活用を始めて2年目に、期せずして長期に亘るオンライン学習の機会が訪れました。1人1台のタブレット端末の導入をしていたことが、オンライン学習を円滑に進められた1つの要因であるとともに、クラウド型授業・学習支援アプリや、Web会議ツール、デジタル教科書の利活用が、教員・児童の双方にとって学習する機会を共有できる有効なものであることも本実践を通じて得られた知見と言えます。このことを、コミュニケーションモデルの観点からとらえると、様々なアドバンテージを教育現場の中に見出すことができます。

* 一人ひとりの児童が即時性・記録性・双方向性の観点から、色々な局面においてわかりやすく情報発信したり意見・主張できたりする可能性(個別最適な学び)。

* クラス全員がグローバルな知識と情報の共有・交換を行える機会を普遍化できる可能性(協働的な学び)。

多種多様なデジタルメディアを学習課題解決のための道具として、あるいはコミュニケーションツールの1つとして自然に駆使するようになると、1人ひとりの子どもが主役になれると同時に、教育内容や方法そのものの幅を拡大し、学習場面に知的情報のリアリティをもたらすことが可能となります。教室という学習空間にとらわれずに、様々なデジタル機器を自由自在に利用し、いつでも自由に個別最適および協働的に発想できるようにすること、すなわち主体的・対話的で深い学びを促進・発展させることのできる学習のための道具・環境を整えることは、今後の学校教育の学習活動にとってきわめて大切な要素と言えます。

テクノロジーの活用については、SAMRモデル(「代(Substitution)」、「拡大(Augmentation)」、「変容(Modification)」、「創造(Redefinition)」)というものがあります。テクノロジーの活用が授業や学習者への影響度を測る尺度と言えるものです。「代替」とは、これまで行っていたことと同じことを代用するレベル、「拡大」とは、従来の機能を大幅に改善した使い方ができ、学びが充実するレベル、「変容」とは、これまで行われていた活動そのものが変化し、学びそのものが学習者主体となるレベル、「創造」とは、学び方そのものを学習者が自己決定し、これまでにない全く新しい活動が創り出されることを指します。

デジタルテクノロジーの導入・活用により、これまでの学びを「代替」「拡大」するだけにとどまらず、学びそのものを「変容」「創造」していくことを前提に含めた学習環境と授業構築のビジョンを持つことが、デジタル教育のこれからを議論していく上では肝要と言えるでしょう。

今後は、デジタルの学習環境の上で何を学ぶかといったソフトウェア面・コンテンツ面の充実や、児童の学習履歴データ・ログからなる教育ビッグデータを蓄積しての解析と活用、そして、セキュリティ面に対するリスク管理を含めた教員のICT活用指導力のさらなる向上を図ることなどが重要な課題としてあげられます。あくまでもデジタルテクノロジーの学習環境整備は、目的ではなく手段に過ぎません。色々なものに触れて、本物の知識を見つけ出していくためにも、デジタル学習環境の中でバランスのとれた教育活動の充実を図ることが今後も引き続き大事であるということは言うまでもありません。

初めてのWeb会議を終えた時に、保護者からは、「子どもなりに普段と違う生活に不安や不満を感じていると思うので、Web会議で皆と繋がることはとても有り難かった」といった肯定的なコメントをいただきました。また、児童からも、「Web会議でクラスの友だちには会えていたから、その時間が自分にとってとても大事な時間になりました」といった前向きの感想を聞くことができました。

今回の機会は、デジタルテクノロジー・デジタル機器が、児童をはじめ保護者にも身近な存在として、今後の授業でも使うことのできる文房具の1つとして受け入れていただけるきっかけになったといえるでしょう。

社会がデジタルテクノロジーの浸透により、急速な変容と革新が進みつつある今、教育の現場でも、デジタイゼーションとデジタライゼーションが進展しています。今後も、デジタル教育の授業実践データの蓄積を重ねて、学びのDX(デジタル・トランスフォーメーション)に関する研究を進めたいと考えています。

※所属・職名等は本誌発刊当時のものです。

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