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【特集:公共図書館を考える】
図書館を大切に扱うには

2018/07/09

民主政治に不可欠な透明性

自治体の首長の図書館に対する認識に戻る。自治体の首長が図書館を軽視したり、教育委員会や財政当局が図書館を他の犠牲にしたりするのを防ぐことはできないのか。それは仕方のないことだと諦めるしかないのかといえば、決してそんなことはない。地方自治の理念や健全なシステムが作動すれば、そうした事態を防いだり、避けたりすることは十分可能である。

ここで大きな役割を果たすことになるのが透明性の徹底、具体的には予算編成過程における情報公開である。現在ほとんどの自治体における予算編成作業は密室で行われているので、市民が外からその作業にアクセスし、その経過を知る機会はない。

先に引き合いに出した県になぞらえると、もし図書館のことが気になってしょうがない人が、予算案の発表前に自治体の財政当局に「来年度予算で図書館の蔵書購入費はどうなるか、教えてほしい」と尋ねたとする。それに対して県庁の担当職員は「現在検討中なので答えられない」と答えたに違いない。「では、いつ教えてもらえるのか」と質すと、「いずれ予算案を発表するから、それを見て頂ければわかる」と応じたはずだ。

そこで、後日発表された予算案を点検すると、驚くことに蔵書購入費が大幅に削減されている。そこで、あらためて県庁に連絡し、「これでは図書館が貧弱になってしまうから、去年並みの予算に戻してもらいたい」と訴えても、職員は「既に予算案を発表しているので、もう変更することはできない」と、冷たく言い放つことだろう。

いったいどうしたことか。つい先日までは「まだ検討中だから教えられない」と断られ、いざ発表があった途端に、「もう決まったので変更できない」と取り付く島がない。これで果たして民主主義国家の自治体、民主主義国家の市民だと言えるだろうか。

筆者が知事を務めていた鳥取県でも、以前の予算編成はこれと似たり寄ったりだった。筆者は知事戦に臨むに当たって「県政の透明化」、「情報公開の徹底」を訴えていたが、県の予算編成がこんなありさまでは、とても透明な県政とは呼べない。

そこで、予算編成の仕組みを大胆に変更することとし、まず、教育委員会を含む各部局から財政当局に提出された予算要求書の内容を県のホームページで公開することとした。この要求書を財政当局が吟味した査定結果、それに続く復活折衝後の総務部長査定結果、さらに再度の復活折衝を踏まえての知事査定結果を、それぞれの段階でホームページにすべて公開することにしたのである。 これが何を意味するか。先の大幅削減の例になぞらえて説明すると、まず教育委員会から図書館蔵書購入費が削減された予算要求書が提出されていれば、その時点でその事実が判明する。図書館に関心のある県民なら、県のホームページにアクセスして、図書館関係予算の要求がどうなっているかを知ろうとするはずだからである。

したがって、予算が決まってから県民が削減の事実を知って寝耳に水だったという事態は避け得ただろうし、そうした県民の中には例えば教育委員会に抗議するなり、それこそ知事に訴えるなり、必要な行動をとるに至っただろう。また、マスコミもそのことを報じるに違いない。それを受けて、教育委員会の要求内容にかかわらず、その後の知事査定を経るまでの間に蔵書購入費は前年度並みに回復していた可能性は大いにある。

予算編成作業など自治体内部で進行していることを大勢の人が知ることは、民主政治にとってはとても大切なことである。何が行われているのかを自治体内部の関係者しか知らされず、肝心の住民が蚊帳の外に置かれているのでは、自治体の独断専行に陥る危険性が高い。そこではズレやムダが横行しかねない。図書館を大切に扱うということも含めて、自治体の運営を健全に保つためには、情報公開による透明化は大切な条件であると認識すべきだと思う。

求められる地方議会改革

最後に、自治体のシステムを健全に作動させるという点で最も重要なのが議会である。国会が国権の最高機関であるように、議会は自治体の最高意思決定機関である。予算についても、予算案は長のもとで編成されるが、それが議会に提出されると、それをそのまま可決するか、それとも必要な修正を加えるかは議会の判断によって決められる。

したがって、たとえ予算案が図書館蔵書購入費を削減する内容になっていたとしても、議会がそれを前年度並みに復元させることは可能である。もちろん、そのためにはいくばくかの財源を必要とするので、議会はそれを捻出しなければならない。その捻出の仕方も議会の判断だが、最も簡便なのは予算案全体の中からムダだと思われる経費を省き、それを図書館蔵書購入費の復元に充てる方法である。ムダだと断定できる経費はさほど多くないかもしれないが、重要性において図書館経費に劣る経費は随所に見出せるはずだ。そうした優先劣後の判断の過程で、図書館に対する議会の認識や見識が問われることになる。

場合によって、予算案の中にムダも見出せないし、いずれの経費も甲乙つけがたくどれも削るに忍びないと議会が判断することもあろう。そんな時には、図書館経費復元のための財源を調達するために、それに見合う増税を選択することだってあり得る。対象の税目は市町村であれば住民税あるいは固定資産税ということになろうが、これらの税率を決める権限も議会に属しているからである。

現実にはほとんどの地方議会の運営はこうしたプロセスとはほど遠く、首長が提出した予算案を無傷で可決しているのが実態である。図書館蔵書購入費を大幅削減した県の議会でも、予算案を無傷で可決しているし、その過程では削減が話題にもならなかった事情にかんがみると、失礼を顧みず率直に言えば、予算案の内容をちゃんと審議していなかったのではないかと思われる。逆に、もし議会が予算審議をしっかり行っていれば、図書館経費の大幅削減という事態は避けられた可能性が高いということである。 以上、図書館経費削減事件を題材にして、それがなぜ起こったか、現行の地方自治のシステムのどこが適切に作動すればこうしたことを防ぐことができるかを論じてみた。図書館を大切に扱ってほしいと願う関係者の参考になれば幸甚である。

※所属・職名等は当時のものです。

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