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【特集:変わるメディアとジャーナリズム】
ウェブ時代のニュースと法規制──ドイツの事例から

2018/06/26

3.SNS対策法の概要

SNS対策法は、登録者200万人以上のSNS事業者に、SNS上の投稿について利用者が申し立てる苦情に対応し、「明らかに違法な内容の投稿」の場合は24時間以内に、「違法な内容の投稿」の場合は1週間以内に削除することや、苦情対応の体制や運用についての半年ごとの報告の提出・公表を義務づけ、これらの義務に対する違反に科される過料について定めた。SNS事業者が報告の提出・公表や苦情対応の体制整備などの義務を果たさなかった場合、秩序違反として過料が科される(最高額は5000万ユーロ、約65億円)。その監督は、連邦司法庁(Bundesamt für Justiz)が行う。なお、この法律の制定とともに、テレメディア法が改正され、匿名による違法な人格権侵害の場合の発信者情報開示制度が追加された。

SNS対策法は、2017年9月に実施されることになっていた連邦議会選挙を見据えて、短時間で準備された。同年春に法案が公表されると、SNS事業者にとって投稿の違法性の判断が困難であり、高額の過料を回避するために必要以上に投稿が削除され、SNS上の表現の自由に対する萎縮効果が大きいとして厳しい批判の声が各方面からあがった。

連邦議会の審議では、そうした批判を受けて、法案に修正が加えられた。具体的には、SNS事業者は、違法性の判断が難しい投稿の場合、苦情を受け付けてから1週間以内に、違法性の判断を自主規制機関に委ねることができることになった。SNS対策法には、自主規制機関の認証についての規定も追加された。自主規制機関としての認証を受けるためには、①独立性と専門性の確保、②1週間以内の迅速な審査の確保、③審査の範囲や手続等についての規定、④苦情受付窓口の設置などが必要となる。

SNS対策法は、2017年10月1日に施行された。SNS事業者は、2018年1月1日からSNS対策法に基づいて、違法な内容についての苦情への対応や、その対応についての報告書の作成と公表の義務を負っている。しかし、SNS対策法がすでに本格的に施行されたにもかかわらず、SNS事業者はまだ前述した自主規制機関を設立していない。政治家はSNS事業者に自主規制機関を設立するよう求めているが、SNS事業者はそれを実現するためには多数の未解決の問題があり、より明確な構想が示されないと実現は難しいという態度をとっている。SNS対策法が期待された効果を発揮できない責任を、政治家とSNS事業者が押し付けあっていると報道されている。

なお、フェイスブックは、それまでドイツにおける苦情対応のためのセンターをベルリンに設置していたが、2017年秋、2つめのセンターをエッセンにも開設した。ただし、苦情対応センターはフェイスブックの直営ではなく、フェイスブックの委託した会社によって運営されている。

4.SNS対策法と表現の自由

SNS対策法は、SNS事業者に投稿内容の違法性の判断を求めているが、ある表現が違法か否かの判断は、裁判官にとってさえ容易ではない。それは、SNS対策法が主たるターゲットにしている民衆扇動罪についての憲法判例からも明らかとなる。民衆扇動罪については、連邦憲法裁判所が過剰な表現規制の歯止めとして機能している面がある。これまでに何回か、表現の自由への配慮が足りないという理由で、刑事裁判所が下した有罪判決が連邦憲法裁判所によって破棄されている。

ドイツ語圏で有名なブログNetzpolitik.orgの設立者で編集長のマルクス・ベッケダール(Markus Beckedahl)は、SNS対策法について、本来は司法の果たすべき役割をSNS事業者に押し付けるものだと批判している。ベッケダールは、効果的なヘイトスピーチ対策のためには、投稿の削除よりも、違法な内容の投稿をした利用者を捜査し、法廷に立たせるべきだという。さらに、「SNSにおける法執行の改善」というSNS対策法の目的を果たすためには、インターネットを熟知した裁判官の養成や、インターネット利用者のリテラシー教育の充実が必要だと指摘している。

SNS上の表現の自由を尊重しつつ、違法な内容の投稿への実効的な対策を講じることができるのか、SNS対策法の今後の運用を注視していきたい。


※所属・職名等は当時のものです。

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