【三人閑談】
大豆の力
2025/03/24
大豆そのものの美味しさとは
大橋 私が住んでいる鶴岡市の特産品に「だだちゃ豆」があります。私はあれこそ枝豆の王様だと思う。外国から来たお客さんは皆、美味しいと喜んで食べてくれます。
池上 枝豆は外国からの観光客にも人気ですね。今、「edamame」で通じる文化になってきています。日本人は、ヴィーガンでなくとも、美味しい枝豆や揚げ出し豆腐を当たり前のように注文します。そういう食文化は世界的に見ても稀有です。ここは強調しておきたい、大事な部分だと思います。
大橋 外国の人たちに枝豆を美味しいと言ってもらえると、日本ももっと大豆を作ったほうがよいのにと思います。大量に供給しているのはブラジル等の国々ですよね。日本でもお米のように美味しい大豆を自給できるとよいのですが。
池上 そうですね。大豆の生産は米国やブラジル、アルゼンチンが7割のシェアを占めています。米国で大豆が大量に遺伝子組み換えされているのは、搾油が一番の目的だからです。オレイン酸が増えるようにしたり、除草剤や害虫に強くしたりと、決して美味しさを追求するためではありません。
もちろん、それがすべてではなく、米国産大豆で美味しい豆腐も豆乳も作られています。そこはしっかり品種を選別して適した大豆を輸入しているはずです。
大橋 さとの雪食品で使う大豆は、国産が多いのでしょうか
植田 半分半分ですね。ですが、当社は豆腐メーカーの中でも比較的多くの国産大豆を使っていると思います。
大橋 国産大豆は調達が大変ではないですか?
植田 大変ですよ。おもに北海道産と九州産です。ただ、悲しいかな、素材の調達に力を入れても、豆腐そのものにブランド力がないのです。ですから、「北海道ブランドの大豆を使用」といった謳い文句にならざるを得ません。
ここはメーカーとしても課題になっており、ただの豆腐では売価もせいぜい98円になってしまいます。当社の商品は188円で販売しており、そこは味の違いでわかってもらえると思いますが、それにしても同じ豆腐で価格差が大きいのは悩ましい。これは難しい問題です。
大橋 付加価値を高めるのはやはり大豆が大事なのでしょうか。
植田 私が27年前に社長に就いた時、社員に向けて「日本で一番美味しい豆腐を作ってほしい」と話しました。そして「研究のために豆腐の歴史を調べてみよう」とも。チーズや他の乳製品のように歴史のある食品には、普通、文献があるじゃないですか。ですが豆腐は、1000年の歴史があるにもかかわらず、古い文献がないんです。
そこで、日本一美味しい豆腐を作るために1から研究を始めました。豆腐とは、いわば大豆と水とにがりとパッケージの組み合わせです。4つのチームに分かれ1年半かけて研究しました。
その結果、大豆の美味しさを決定するのは保存性だということがわかりました。豆腐が一番美味しいのは何と言ってもできたてのタイミングです。それを保つことが豆腐の味を決める一番大事な要素なんです。
そして、できたてで美味しい豆腐を作るために重要なのが大豆です。つまり、素材そのものですね。
豆腐にするには豆乳を固めるわけですが、大豆に含まれる脂質や糖質、タンパク質のバランスに秘訣があることがわかりました。糖質が多いと美味しくなるように思えますが、にがりで固めた時にこれがえぐみになったりします。ですから、脂質、糖質、タンパク質のバランスが良い大豆を選ぶことが大切なんです。
もちろん、水やにがりも大事ですが、豆腐に適した大豆があるんですね。そして、大豆そのものの美味しさと、豆腐にした場合の美味しさが必ずしも一致しないのは面白いところです。
池上 わかります。美味しいなと思う豆乳でお豆腐を作っても必ずしも美味しいわけではありませんよね。
納豆菌はタンパク摂取の強い味方
大橋 ちなみに、豆乳に納豆菌の粉を入れて、かき混ぜて飲むと美味しくなります。
池上 そうなんですね! 納豆菌粉からは納豆っぽい香りがするということはないのでしょうか?
大橋 納豆菌というのは、納豆の匂いはほぼしません。納豆菌粉を豆乳に混ぜるとクリームのような香りが立ち、コク味が増して美味しくなるんですよ。
植田 納豆菌も乳酸菌のように、加熱すると死んでしまったりしないのでしょうか?
大橋 死んでしまいますね。
植田 乳酸菌の力で整腸作用を生み出すという市販の整腸剤がありますよね。あれは製造過程で乳酸菌を殺しているはずですが、整腸作用は失われません。納豆菌にもそういう作用があるのでしょうか。
大橋 死んでいる乳酸菌に整腸作用があるのは、菌の表面にある「細胞壁」という部分を腸の中の生きている乳酸菌が食べるからなのです。細胞壁を食べることで体内の乳酸菌が増えると言われています。
植田 すると、納豆菌でも整腸剤ができるということでしょうか?
大橋 そのとおりです。それはフェルメクテスで特許を取っています。カプセル状になった飲める納豆菌も商品化されています。
池上 納豆菌由来のナットウキナーゼを摂取できるサプリもありますね。フェルメクテスでは、食糧危機の問題も見据えて納豆菌粉の研究開発に取り組んでおられるそうですが、実際の活用法としてはどれほど進んでいるのでしょう。
大橋 私たちが今作っているのは、パンに入れられる納豆菌粉です。納豆菌粉は水分をよく吸うので、パンがもちもちになるんです。さらに少し重量感が出てコク味が出るのですごく美味しくなります。
池上 それは美味しそう。さらにタンパク質もアップするんですよね。納豆菌は単体で摂取するよりも何かに混ぜ込むことで美味しさや栄養価が高まるのでしょうか。
大橋 そうです。納豆菌はタンパク源として大きいので、代替肉のような加工食品を作るよりも、例えば、ピザを作る時に、生地に入れたり、ソースやチーズにも入れたりすることができます。私たちはそうしてトータルで高タンパクな食事にすることを目標にしています。
納豆菌が食糧危機を救う
大橋 納豆菌を粉にしたのは、世界中にさまざまな食文化があるからです。その地域の食物や料理に混ぜてもらうことで、さらに美味しく食べてもらうという方法がおそらく一番理にかなっています。
もちろん、"タンパク質納豆菌バー"みたいなものを作って海外に販路を見出すのも1つのやり方だと思います。ですが、それよりも各地の食文化に自然に取り入れてもらうほうが健全なんじゃないかと思って研究開発に取り組んでいます。
池上 「納豆菌を使った○○」というふうに、調理されたものとして前面に出すよりも、タンパク源として陰で支えるような食材のほうが合理的ということですね。
大橋 そうです。パンにも入れられるし、ピザにもナンにもパスタにも入れられる。そういうふうに使ってもらえる形にすることで、量的にも広がっていきやすいのではないかと思います。食糧危機は世界的な課題なので、やはり数10万トン、数100万トンといった規模で広がらなければ問題解決に貢献するほどの話になりません。
池上 食品業界はやはり量的な広がりを見込んで開発しないといけない難しさはありますよね。
大橋 その点でもおからはとても優れた食材なのです。メーカーからおからを提供していただくことができれば、私たちのほうで納豆菌を培養することもできます。
植田 それはもうぜひお願いしたいですね(笑)。
大橋 大豆に絡めて見ていくと、これからの発酵は変わっていくと思います。私たちは納豆菌のことを「発酵タンパク質」と呼んでいますが、タンパク源としていろいろな可能性が見えてきます。納豆菌もいろいろな風味の製品を生産できると、可能性はもっと広がるはずです。
もっと広く発酵という視点で見れば、麹菌もタンパク源になり得ます。麹もまた、醤油の醸造などを通して日本人が古来積み重ねてきた技術ですよね。
池上 お話を聞いてさらに大豆が好きになりました。納豆菌が、納豆以外の食品開発の一助になる可能性も学ぶことができ、改めて、日本の大豆食文化やそれに欠かせない発酵文化の可能性を大きく感じました。改めて面白い食材だと思いました。
(2024年12月23日、オンラインにて収録)
※所属・職名等は本誌発刊当時のものです。
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