【三人閑談】
大豆の力
2025/03/24
食感に現れる食文化の違い
池上 和食が広がることも素敵だと思いますが、それぞれの国にそれぞれの食文化があって、必ずしも日本人にとっての「好き」がそのまますべて受け入れられるわけではないと思います。例えば日本人はとろりとした食感やフワッとした食感が好きな傾向がありますが、必ずしも海外でウケるわけではありません。日本では冷奴にお醤油をかけて食べるのが当たり前ですが、ひょっとしたらチリソースをかけて食べたいという地域があるかもしれません。
ですので、私たちも和食という固定観念にとらわれず、さまざまな食文化に合うような工夫が必要であるとも感じます。例えば、日本人がたらこスパゲッティに納豆や大葉も載せて楽しんでいるような感覚です。
大橋 がんもどきみたいなものは、外国では好まれないのでしょうか。
池上 がんもどきと言えば、あのふかふかした食感が特徴ですが、それが好きではないというところもあるかもしれませんね。ただ、好みは人それぞれなので一概には言えません。それよりも根本的に「大豆を食べるの?」みたいな疑問があるようです。
大橋 なるほど。外国では大豆と言えば家畜の飼料、というイメージが強いですよね。
植田 そうそう。米国ではとくにそのイメージが根強くあります。
池上 だからまずは、その意識を変えてもらうところから始める必要があると思っています。大豆を加工して食べる食文化は、日本がリードできる分野なので、そういう食文化や加工の技術、あるいはアイデアや製造機をもっと提供していければ良いですよね。
植田 中国の人たちが冷奴を好んで食べるようになったら、消費量は飛躍的に上がると思うのです。彼らは今、寿司も刺身も普通に食べるので、生の豆腐を食べない理由はないはずです。そのために大事なのは、やはり美味しい豆腐を作ること。湯豆腐も美味しいですが、食べ方を広めるためには食習慣を変えてもらわないといけませんね。
ソイフードを外国に広めるために
植田 米国では、豆腐はあらかじめ加工されたものが流通していますが、豆乳も増えています。いわゆるプラントベースのミルクとしては、他にもアーモンドミルクなどがありますよね。
池上 麦を原料としたオーツミルクもあります。
植田 そうですね。ですから、大豆は家畜が食べるもの、という意識も次第に変わってきているのだと思います。
池上 その流れは日本にとって大きなチャンスだと思うのです。納豆菌も大きな可能性を秘めていますよね。ちなみに最近、「納豆チャレンジ」が流行っているのはご存じですか?
大橋 それはなんですか?
池上 「納豆というものを食べてみる」という動画がSNSなどで拡散されているんです。「#NattoChallenge」というハッシュタグとともに、外国の人たちがいろいろな食べ方にトライしています。
植田 私も納豆は可能性を秘めていると思います。例えば、工夫の余地があるのはパッケージ。納豆の容器って大体発泡スチロールですよね。私にはあれがどうも安っぽく見えてしまいます。外国の人たちにももっと親しみをもってもらえる形があるのではと思い、いろいろと試行錯誤しているところです。
ところで、大橋さんにお訊きしたいのは、納豆を発泡スチロールの容器に入れるのは通気性を確保するためですよね。納豆菌を大豆に植菌する際に、通気性がないと室に入れる時に発酵しないのでしょうか?
大橋 そうですね。納豆菌は好気性菌といって空気の中でも増殖できる菌なので通気性は必要です。
植田 すると、プラスチック容器などにして空気を遮断してしまうと発酵しないのですね。というのも、スーパーなどに並んでいる3段重ねの発泡スチロール容器には、私はあまり食欲がそそられないのです。まず、あれを変えたいと思っていますが、どうすれば通気性が確保でき、かつ外国の人も食べたくなるような容器になるだろうと思案しています。
大橋 確かにそうですね。先ほどの海外での大豆受容に戻りますが、日本は大豆を発酵させて食べる文化が発達していて、納豆や味噌、醤油は1つの答えになっています。発酵させることで大豆のタンパク質そのものがすごく食べやすくなる。
もともと大豆には30%ぐらいタンパクが入っていて、それほど多く含まれる穀物は他にありません。そういう意味ではタンパク源として食べてほしいと思うのですが、やはり米国などではそういう見方をしてくれない。タンパク源というよりも「お肉を食べないことにしたから、ちょっと食べてみようか」くらいのものです。
私たち日本人は普段摂取するタンパク質の大体8%ほどを大豆から摂っています。他方、米国ではヴィーガンのような菜食主義の人たちでさえ、豆をタンパク源にするのは2%ほどでしかない。肉を食べる人たちに至っては、大豆から取るタンパクは0.1%程度。ほぼ取っていないという状況です。
大豆食が根付いた日本の風土
大橋 ヴィーガンの人でさえ大豆に目がいかない理由は何なんだろうと長年考えていますが、1つは豆腐、納豆、味噌、醤油のように上手く加工する技術が、米国やヨーロッパに根付いていないところにあるのではないかと思っています。
池上 そうですね。歴史的に見ても、日本の大豆加工文化は鎌倉時代以降にすでに発展していました。仏教において肉食が禁じられたころに技術が伸長し、長い時間をかけて根付いてきました。当時の人たちがなぜ大豆に、肉や魚に代わるタンパク質が含まれていることを知っていたのかはすごく不思議です。
大橋 日本は高温多湿なので、できるだけ腐らない食品に変換しないといけない事情があったのは大きいでしょうね。魚などを干物にしてきたのもそういうことだと思います。
大豆も乾燥している状態では保存に強い作物ですが、水で戻すとどうしても腐りやすくなります。ただ、納豆菌で発酵させると他の菌が寄り付かなくなって日持ちするようになる。
麹菌もそうです。塩をたくさん入れることで他の雑菌が入らなくなる。そういうふうに発酵技術が積み重ねられてきました。
池上 発酵の文化は本当に長い歴史がありますよね。
大橋 そうですね。その歴史は保存との闘いの歴史だと思います。
池上 「どうして大豆を食べないのだろう」という疑問は歴史をたどらないと解明できない部分はありますね。そういう日本も、今ではオリーブオイルを当たり前に使うようになりましたが、私が子どものころにはそれほど多く店頭に並んでいたわけではありません。何かのきっかけで大きく変わっていくということはあるかもしれません。
大橋 確かにそうですね。しかし、欧米の人たちはなかなか大豆を食べない……。
池上 先日、オーストリアの方々とお互いの食文化について意見交換をした際に、"フレキシタリアン"が増えていると言っていました。植物性の食事を中心とし、肉や魚を積極的に食べない人たちが増えているそうです。そういうフレキシタリアンの間で今、プラントベースの食品の需要が高まっているという話でした。
それならば、例えば高野豆腐などは軽くてかさばらないのでお土産の定番になってもいいんじゃないかと思うのです。ですが、パッケージには筆で書いたようなデザインで「高野豆腐」とある。煮物の写真がプリントされてはいますが、外国の人たちにとってはおそらくそれが大豆でできていることは伝わりません。
日本中のスーパーマーケットに、お豆腐や厚揚げ、納豆がずらりと並んでいますよね。あれほどたくさんの種類のプラントベースの食品が揃っているのはやはりすごいことです。でも、日本人にとってはそれが当たり前すぎて、工夫することに思い至らない。
カテゴリ | |
---|---|
三田評論のコーナー |