三田評論ONLINE

【三人閑談】
大豆の力

2025/03/24

おからの力

植田 さとの雪食品で18年ほど前に、ニワトリの飼料としておからに納豆菌を植菌して食べさせてみたことがあります。抗生物質を与えずにニワトリを育ててみようとしたのですね。そのニワトリから生まれた卵を販売したところ、非常に好評でしばらく続けていました。

大橋 今はやっていないのですか?

植田 もうやっていません。高級志向の卵として売ろうとしたのですが、市況がそれを許してくれませんでした。いつかもう一度やってみたいと思っています。

ですが、おからに含まれる成分と納豆菌を掛け合わせることで相乗効果があることもわかりました。人間で言うところの整腸作用ですね。また、飼料に抗生物質を混ぜるのはニワトリの生存率を高めるためですが、納豆菌おからを飼料に混ぜることで死亡率を下げることもできました。

池上 それはすごい。

植田 これは納豆の力だと思います。ものすごく臭い飼料でしたが(笑)。

大橋 でも、納豆菌はタンパク質のかたまりなので、動物も食べると思います。

実は、納豆菌は抗生物質を作るんです。しかも5種類ぐらい。納豆に他の菌が付かないのはそういう理由です。ただ、菌には効くのですが、カビには効かないので、カビが生えることもあります。

池上 日本人にとってなじみ深いおからと納豆菌を掛け合わせると、新たなパワーが生まれるというのは面白いですね。

大橋 面白いですよね。私たちもおからを使って納豆菌を培養する研究をしています。おからがほとんどなくなってしまうくらいまで納豆菌に変換します。

植田 1キロの豆腐を作るために、1キロのおからが出るのです。難点は、そのおからが「産業廃棄物」扱いになることです。

大橋 かつて問題になりましたよね。

植田 そうです。「おからとは何か」をめぐって裁判になりました。その結果、産業廃棄物に指定されてしまいました。だから、豆腐メーカーにとっておからは厄介者なのです。

大橋 さとの雪食品では、おからをどうしているんですか。

植田 乾燥させたものを量販店で、「おからパウダー」という商品として販売しています。ですが、それだけでは消化しきれないので家畜の飼料にしたり、処分したりしているのが実状です。処分するにも費用がかかるのでもったいないと思っています。

大橋 私たちのところにも、何とかならないかと相談をもちかけられています。

池上 処分されているものが上手く活用されるようになったら、それこそSDGsにつながる気もします。

植田 おからや納豆菌を使った商品に人気が出たら、今度は納豆菌が足りないという話になるかもしれません(笑)。

大橋 納豆菌はいっぱいできますから大丈夫です。

植田 飼料として使い始めた時に冗談で言っていました。「もし納豆菌のためにおからを作らなければならなくなると、豆腐が余るね」と。

大橋 でもおからは面白いですよね。大きな可能性を秘めていると思いますが、どうすれば美味しく食べられるでしょう。

植田 ありふれていますが、具材を入れて卯(う)の花や白和えにするとかでしょうか。地域によっては「きらず」とも呼ばれますね。おからは昔、町の豆腐屋さんで売られていました。それほど美味しい商品なんです。

ご存じかもしれませんが、おからというのは豆乳の搾りかすで、大豆の"芽"に当たる部分も含まれています。おからにはイソフラボンなどが多く含まれていて栄養価が高いのですが、それほどのものを捨ててしまっているのですよね。

大橋 そうですね。私たちも納豆菌変換して美味しくなるように頑張ってみます。

プラントベース食品への注目

池上 世界中で貧困が問題になる中で、大豆にはそれを解決できるような大きな可能性があると思っています。なにしろ世界中のあらゆるところで栽培できますし、大量生産も可能です。しかし実際には、世界中で栽培されている大豆の9割以上はいわゆる食用ではなく、搾油目的です。

日本人は大豆を美味しく食べる食文化を持っていますが、諸外国では残念ながら食材とはみなされていないこともあります。豆料理が親しまれる食文化の地域でも大豆は食べられていないのです。チリコンカンやチリビーンズにレッドビーンズやひよこ豆を使いますが、大豆が材料に使われることはほとんどない。

大橋 そうなのですね。

池上 逆に日本人はなぜ、これほど加工に時間がかかる大豆を食べるための工夫を重ねてきたのだろうと考えました。豆腐や豆乳、おからや湯葉など、大豆を原料とした食べものは様々ありますが、浸水にも煮るにも水が欠かせません。日本にはきれいな水があったことが大きいのだと思います。

以前、途上国で支援活動をしている方とお話をした時に、「大豆を一晩水に浸したら雑菌で大変なことになる」と言われました。私は当初、大豆は常温で保管できる最高のタンパク源であり、食糧危機に役立つと思っていましたが、美味しく食べるまでには確かに時間や手間がかかる。社会課題を解決するためには、さらに工夫が必要だなと思い直しました。

植田 大豆を使った食品には、きれいな水や衛生的な環境は欠かせないものですからね。

池上 そうなんです。ところで今日、皆さんとお話ししたかったのは、大豆タンパクと言われるものについてです。油を搾った時に生じる脱脂大豆をさらに凝縮した粉末状のものは、日本が戦後間もないころからアメリカから買って様々な加工食品のつなぎとして使われてきました。

肉団子やチキンナゲット、ハンバーグといった加工食品のうち、比較的リーズナブルに手に入る商品には大体これが入っています。それは美味しさのため、というよりも栄養価を高めたり、かさ増しや保湿のためだったりと目的は様々です。

こうした大豆タンパクが最近、SDGsを推進する動きの中で、「プラントベース」と呼ばれる植物性食品の需要が高まり、積極的に活用され始めています。EUや米国など、大豆を美味しく食べる文化がない地域でも見直されているんです。ただ、あくまでもタンパクの利用という考え方に留まっているのが現状です。代替肉という発想もそうした動きの中でのことです。

大橋 食文化と呼べるほどの動きではないということですね。

池上 そうです。代替肉という考え方が悪いとは思いませんが、大豆を美味しく食べる文化のある日本でも、逆にその動きに追随する傾向があります。それはどうなのか。むしろ、植物性食品を美味しく食べる日本の知恵を、もっと世界中に広めればよいと思うのです。

豆腐の裾野を広げるには

池上 私が代表理事を務める日本ソイフードマイスター協会では、プラントベースの食品を美味しく食べようという視点から、食品の開発に携わることもしています。例えば、最近は「ギャンモ」という進化系のがんもどきを商品化しました。現在はサンドウィッチにも合うような、すこし弾力のある豆腐の開発にも関わっています。

植田 私たちも大豆ベースの食品の開発には、とても興味を持っています。大豆ミートや大豆ハンバーグの商品開発には大手メーカーも力を入れていますよね。コンビニでは今、片手で手軽に食べられる豆腐バーという商品が人気です。

そういう広がりがある一方で、豆腐業界はこの10年ほどの間に大きく縮小しました。1万5000軒あった豆腐屋さんが今では5000軒を切るほどになっています。では、これにともないマーケットが減ったのかというと、減っていないのです。

いろいろな見方があるとは思いますが、豆腐市場は約3000億円規模と言われています。豆腐屋が減少している要因には、後継者不足の問題もあると思いますが、最も大きいのは豆腐そのものに付加価値が付きにくいことです。そこで、豆腐バーや豆乳ヨーグルトといった新しい発想に行き着く。

こうした中で、さとの雪食品では20年以上前から紙パックに充填した豆腐の輸出も始めました。これは結構反響があるのですが、悲しいことに外国の人は冷奴で食べないんですね。当社は冷奴で食べて美味しい豆腐を目指しているので、こうした状況は残念です。

大橋 どういった国に輸出されているのですか。

植田 ヨーロッパや米国、アジアに売り出しています。常温流通できる紙パック入り豆腐は我ながら美味しいと思うのですが、外国では豆腐を加熱調理してしまうので風味そのものを味わう体験にはつながりません。

池上さんの言うように、大豆ミートはあくまで肉の代わりという位置づけなので、基本的にあまり美味しくないんですよね。

池上 美味しい大豆ミートももちろんあります。でもそうでないものもあるのは事実ですよね。代替肉と言っているうちは、お肉を超えることは難しいと思います。ですので、私は堂々と"大豆食品"であることを謳いたいと思っています。

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