【三人閑談】
憧れのビスポーク
2024/12/20
スーツをエレガントに着るには
隅谷 ところで、ヨーロッパの人たちの着こなしを見ていると、日本の着こなしにはエレガントさが足りないなと感じることもあります。
青木 それはどの部分にエレガントさの違いが出るのでしょう?
隅谷 たぶん人に出ると思います。
青木 なるほど。生地や仕立ての良さといったことではないのですね。
隅谷 ヨーロッパの人たちは自分の着こなしを見せるのがとても上手です。日本人は良いものを身に付けていても、それをちゃんと伝えるのが苦手なのかもしれません。
僕のイタリアでの仕事のパートナーで、400年続く貴族の家系の男性がいるのですが、彼の4代前にあたる高祖父は100年前に靴づくりを始めた方でした。ミラノの西40キロにあるビジェバノという町に靴づくりの産地を開いたそうです。そこはやがて靴づくりが盛んになり、今ではラグジュアリーブランドの靴のほとんどが、このエリアのファクトリーで作られています。
そのパートナーと一緒に仕事を始めた8年ほど前は彼もまだ27、8歳ぐらいでしたが、そんな若さでも高級レストランでは堂々と振る舞うのです。そのマナーがきちんとしていて、ナイフとフォークを持った時の佇まいが板についていました。
僕はわりとフランクな性格でイタリア人ともすぐに打ち解けられるタイプなのですが、ある時、彼に「それはエレガントじゃない(non elegante)」と言われました。ヨーロッパの人々にとっては、エレガントであることが重要な規範になっているのです。
青木 日本ではあまり聞かない表現ですよね。エレガントさは後天的に身に付くものしょうか。
隅谷 それはまさに今僕らがやっている研究にも通じるところです。後天的にも身に付けられるものであってほしいとは思います。やはり振る舞いなのではないかな。
青木 なるほど。
隅谷 ヨーロッパの知人たちは利己的な人に対してエレガントと言いません。「俺が、俺が」みたいなタイプはエレガントとは言えないのでしょう。日本でも、もしかしたら和装の世界にそういう価値観はあるのかもしれませんが。
青木 ヨーロッパ発祥のスーツに、日本人の体形的なディスアドバンテージを感じることはありますか。
隅谷 ディスアドバンテージは感じます。日本人は顔が大きくて、手足は短い。彼らは胸を張って歩くし、お尻も小さいですよね。
日本人のお尻は下に大きかったりしますが、同じアジアでも韓国の人たちはお尻がぺたんこだったりと、地域によって標準的な体形は違いますよね。そう考えると、着物は日本人の体形によく合っていると思うんです。
青木 着物はたしかに日本人の体形に合っていますよね。
隅谷 スーツはヨーロッパのカルチャーから出てきたものなので彼らに一日の長があります。それに対して僕は今、「JAXURY」というコンセプトで、ジャパン・オーセンティック・ラグジュアリーを普及させる活動をしているんです。「JAXURY」には、所謂ラグジュアリーとは違う、日本版オーセンティックラグジュアリーというニュアンスを込めています。ラグジュアリーと言うと「贅沢」「華美」と思われがちですが、本来のニュアンスは「めったに得られない喜び」です。
その貴族の友人に「ラグジュアリーはもともと貴族の文化でしょう?」と訊くと、「いや、ラグジュアリーはライフスタイルだよ」と言います。彼のテーブルマナーも子どもの頃、両脇に本を挟んでナイフとフォークの使い方を躾けられたそうです。実際に脇を閉じた状態でナイフを引くと先端に力がかかるので、肉がきれいに切れます。
青木 立ち居振る舞いの美しさは理に適ったものだったのですね。
隅谷 そうです。それを知ってラグジュアリーが生き方だという意味がわかったような気がしました。そういう優美さはおそらく日本にもあったはずだと思っています。
日本発のクラシックスーツを作る
隅谷 日本発のオーセンティックラグジュアリーを追究するうえで、私が取り組みたいのが「ジャパンテーラリング」です。これまで日本の職人はイタリア風、イギリス風、フランス風を作ってきましたが、ジャパンクラシックのスーツがあってもいいはず。そこで「AUXCA.(オーカ)」というブランドを立ち上げました。
オーカでは、デコレーョンを足していく西洋の文化に対して、引き算の発想でデザインを考えます。例えば、インド原産の糸を使った生地でTシャツを作りました。デザインはシンプルにし、着心地を追究しました。生地の原価は市販品の8倍くらいしますが、それを身に付けた人がとても素敵に見えるんです。これは西洋の模倣ではできないプロダクトだと思います。
同じような発想で作ったジャケットを貴族の友人に見せると日本的で良いねと言ってくれます。
ジャケットそのものは長い歴史のあるグローバルアイテムなのにです。彼はそのジャケットに触れてみて、さまざまな要素がそぎ落とされ、かつクオリティが高いことを認めてくれたのでしょう。
青木 それは本当に素晴らしいと思います。例えば、ウイスキーはイングランドやアイルランドが発祥ですが、今、世界5大ウイスキーと言われている物には、アメリカやカナダ、ジャパニーズウイスキーも入っています。
同じように、スーツの文化も欧米で始まったものに日本のエッセンスが加わったことで新しいものが生まれたのでしょうね。それがオーセンティックになる未来を、今まさに隅谷さんが作ろうとしているわけですね。
隅谷 かつて山本耀司さんや三宅一生さん、川久保玲さんが、モードの担い手としてファッションの世界に出ていかれたように、スーツの世界でも国際水準のジャパンクラシックが出てきても良いのではないかと思うんです。そういうものを作るつもりで今デザインに取り組んでいるところです。
無限に拡がる選択肢
青木 オーダーはかけ合わせが無限大と言って良いくらい選択肢が豊富ですよね。英国トラッドとか、イタリア風とか、襟の形を変えるだけでもスタイルは随分変わります。ビスポークでステッチ一つひとつからテーラーと2人で協力して決めていくのは、難しい数式を解くような楽しさがあります。
渡辺 青木さんはテーラーの方とどのような話をなさるのですか。
青木 スーツが完成するまでは時間がかかりますからね。僕はスーツを格好良く着こなすために趣味で筋トレもしますが、「どこの筋肉を付けたらいいですか」といったことを訊きます。すると、シャツメーカーの方から「胸の筋肉はこれ以上付けないでください」と言われたりします(笑)。
日本人は欧米人に比べて背中の筋肉が少ないので、格好良く見えるようにするにはそういう部分の筋トレも頑張らなくちゃならないんです。スーツを作る時には、この筋肉が盛り上がるとこう見えますよといったことも教えてもらいます。
渡辺 そうですよね。コージアトリエに来られるのは、基本的に冠婚葬祭やパーティに行くといった目的がある方です。ふらっと来てスーツを作る方はあまりいません。ですので、私たちも目的に応じてどう見られたいかといったお話をしながら、生地やデザインを決めることが多いのです。
女性のスーツのデザインも要素が実に豊富です。襟の有無、長袖か半袖か、アシンメトリーにするか等々、お客様のご要望を伺いながら方向性を決めていきます。
テーラーにとって面白いのは、お客様だけの唯一無二のデザインになることです。生地の選択やデザイン、サイズもオリジナル。最高の物ができると、お客様が羽織った時の感動がとてもよく伝わってきます。
ところで、紳士服の生地はウールがほとんどですか?
隅谷 そうですね。ただ、夏場はコットンも使います。生地の種類は最近増えてきましたよね。
渡辺 そうですね。機能性を重視した生地が開発されて、昔よりも選択肢が増えているのを感じます。
レディースでは最近、ウールのような質感を再現したポリエステルの需要が高まっています。働く女性には、長時間座っていても皺になりにくかったり、ストレッチがきいていたりする素材は好まれるようです。
青木 婦人服はトレンドの移り変わりが早いですよね。コージアトリエではデザインの流行をどれくらい取り入れていますか。
渡辺 私たちは積極的にトレンドを取り入れることはあまりしていません。というのも、一度仕立てていただいた服は、3世代にわたって着続けていただきたいという思いがあるからです。
青木 それはいいですね。
渡辺 これはファミリーブランドとして掲げているポリシーでもあります。私の父のお客様の中には、70代、80代の方もいらっしゃるのですが、こうした方がお嫁さんやお孫さんと同じ生地でスーツを作ったりします。
“お古”をリメイクされるケースもあります。かつてお祖母様が着ていらしたスーツの肩パッドを少し薄くして、襟を変えてお嬢様が着るとか。こうしたリメイクのご用命も請けています。
隅谷 世代を超えて着続けてもらえるのはうれしいですね。
渡辺 先ほど青木さんは「戦闘服」と仰いましたが、うちのアトリエでも「勝負服」と呼んだりしています。そういう服を身に付けるシーンを想定すると、トレンドは強く出さないほうが良いかもしれません。そう言うと少し古めかしい感じを想像されるかもしれませんが、私たちはコーディネートによって新しい着こなしができるということも提案しています。
例えば、上下同じ素材のスーツにパンプスを合わせるといかにも王道のスタイルになりますが、「これにブーツを合わせるとこんな風に着れます」とか、「インナーにニットを入れるとツイードのジャケットでもデニムのパンツが合わせられます」といった具合に、着方の提案をビスポークに取り入れると勝負服でも汎用性が高いファッションになります。これもビスポークの醍醐味の1つです。
青木 その提案がまさにビスポークですね。目的をもって仕立てに行くけれど、それ以外のシーンでも着られるようなアドバイスがもらえると本当に嬉しいです。
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