【三人閑談】
憧れのビスポーク
2024/12/20
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渡辺 陽子(わたなべ ようこ)
コージアトリエ代表取締役兼エグゼクティブデザイナー。
2001年慶應義塾大学文学部卒業後、フランスで服作りを学ぶ。婦人服や紳士服、子ども服まで幅広い年齢層のデザインを手がける。 -
青木 源太(あおき げんた)
フリーアナウンサー。
2006年慶應義塾大学文学部卒業。日本テレビにて情報番組からスポーツ中継まで幅広く担当し、2020年にフリーに。自前のスーツで番組に出演するなど着こなしに定評がある。
テーラーと対話する愉しさ
渡辺 私は、父の渡辺弘二が始めた銀座のコージアトリエで洋服のデザインと販売を手掛けています。大学を卒業後、百貨店に勤めた後で父の仕事を手伝いたいと思い、勉強を始めました。それまではアパレルの知識もなかったので、父の伝手を頼りにパリのオートクチュール組合でパターンとデザインを勉強しました。
帰国後も日本のアパレル業界で勉強を続けた後にコージアトリエに入って今の仕事を続けています。「ビスポーク」はテーラーと対話を重ねて作る「Bespoke」がその名の由来ですが、オーダーメイドスーツの魅力はデザインと接客が結びついていることです。
青木 僕はアナウンサーとして日本テレビに15年勤めた後、2020年にフリーアナウンサーになりました。関西テレビの番組でMCを担当することになり、今は大阪を拠点に生活しています。
スーツはもともとすごく好きでした。職業柄、スーツにネクタイが基本で、毎日スーツを着て番組に出演しています。いろいろとこだわりができて、今ではスーツを作りに行くのが趣味のようになっています。
渡辺 テレビで拝見していますが、いつもビシッとされていますね。
青木 ありがとうございます。ビスポークで実際にオーダーして感じるのは、作る過程が何よりも楽しいということです。時間をかけて生地やデザインを選び、仕上がりが近づくにつれて次第に良くなっていくのを見るのは本当に嬉しいですね。
隅谷 僕は赤坂一ツ木通りにあるテーラーの3代目です。祖父の代にはマッカーサー元帥や吉田茂首相(当時)のスーツを仕立てていました。祖父は、大日本帝国の大礼服の仕立てを請け負っていた元赤坂の上原洋服店で修業している時に、安田財閥の安田一さんにとても気に入られ、そうした縁から一ツ木通りに店を構えたそうです。
赤坂は銀座ともまた雰囲気が違う街です。父の代にはTBSの番組に出演する芸能人が衣装を作りにきていたそうです。1960年代に活躍したピエール・カルダンやイヴ・サンローランといったデザインオーナーの影響で、日本でも五十嵐九十九(つくも)さんを始めとする〈ブリリアント・シックス〉というデザイナー6人衆がいました。父はその最若手でした。
実は、僕は普段、あまりスーツを着ることがなく、今日は久しぶりにネクタイを締めました。今年に入って2回目くらいです。
最近は“短パンテーラー”を名乗ってインスタグラムをやっています。コーディネートが完璧なテーラーは大勢いますが、短パンで採寸するテーラーはあまりいません(笑)。
渡辺 たしかにそうですね(笑)。
隅谷 実は今、テーラーの経営と同時に慶應義塾大学大学院システムデザイン・マネジメント(SDM)研究科の研究員として、「日本のラグジュアリーを作る」をテーマに研究会も行っています。一般社団法人を立ち上げたり、慶應でシンポジウムを開催したりしています。
テーラーとは長く付き合う
青木 テーラーに足を運ぶのは、敷居が高いとまでは言わないですけれど、誰しも最初は量販店から入りますよね。テーラーのお客様には飛び込みの方もいらっしゃるのですか?
隅谷 昔は紹介が多かったと聞きます。最近はネットで調べたり、口コミ評価をご覧になってこられるお客様もいらっしゃいます。
青木 一度自分が信頼できるテーラーさんに会うと、長いお付き合いになると言いますよね。
隅谷 「床屋とテーラーは変えてはいけない」と言われますね。ですが、今は縫製まで自社で行えるテーラーは減っています。
青木 フルオーダーで仕立てると、仮縫いなどを含めたら、完成までに数カ月かかります。
隅谷 そうですね。青木さんは、どういう基準でテーラーを選んでいますか?
青木 僕は見た目の清潔感を大事にしています。清潔感とは何かと言えば、それは見ている方に清潔感があると感じてもらうことです。清潔感は自分が満足していても、周りがそう感じてくれなければ意味がありません。スーツを仕立てる時にアドバイスをもらえるテーラーの存在はすごく大事なのです。
僕はとくに身体のサイズに合っているかどうかを重視します。これは量販店のスーツも同じかもしれませんが、最もフィットするスーツに出合えるのはやはりオーダーなのです。
隅谷 青木さんのようにスタイルの良い方は普通に仕立てても格好良く仕上がりますが、さまざまな体形の方がいるので、フィットすること=美しさにはならないですよね。
歴史的には、シャネルやクリスチャン・ディオールの後に、先ほどのイヴ・サンローランやピエール・カルダンの時代が訪れます。当時は「女性を解放する」といった合言葉とともに、衣服の形に身体を合わせていました。そうした構築的な服作りがおそらく1980年代頃にアルマーニの破壊的なイノベーションによって崩されていきます。
1990年代には「クラシコイタリア」と呼ばれたイタリアのクラシックなスタイルが全盛を迎えました。その後もさまざまなスタイルが生まれましたが、コロナ後の今はほとんど崩壊していると言えるかもしれません。多様性は大事ですが、スーツを着る人は少なくなっており、クラシックなスタイルは今マーケットの中で苦しい状況にあります。
働く女性のビスポーク需要
渡辺 私は女性もののオーダーが中心なので、少し事情が違うかもしれません。コージアトリエは逆にスーツのオーダーが増えています。それもかっちりとしたスタイルです。
どういう方が着るかというと、1つはライフスステージに合わせたご家庭での“オケージョン”です。お宮参りや七五三、入学式、卒業式といったご家族での行事にご家族で仕立てられるケースがあります。パパ、ママ、お子様の3人で同じ生地で作りたいというご要望をいただきます。
青木 家族で仕立てるご家庭があるのですか。すごいですね。
渡辺 人から見られるシーンを想定されるようです。ご家族で統一感があるようにしたいというリクエストをいただきます。
青木 お子さんはすぐにサイズが変わりますよね。
渡辺 そう。成長期に合わせて仕立てるというのがポイントです。例えば、3、4月に着用される卒業式や入学式に合わせると採寸は1月頃です。この間にも子どもたちの身長が伸びることを想定して作ります。直前にお直しするアフターサービスも含めてオーダーを請けています。
女性服のオーダーが増えているもう1つのニーズは、女性の社会進出です。ファッションの流れを見ても、女性を取り巻く環境はこの数年でさらに変わっています。家庭の中ではママであり、社会では仕事をバリバリこなす女性でもある。今女性の生き方自体が本当に多様化しているのを実感します。
その中で、取締役会のようにフォーマルな場で着られる服が“吊るし”(既製品)にはないという声をいただきます。ですが、私たちの世代はオーダー慣れしていない方も多く、何を選べば良いかわからないというご相談も多いのです。そこで私たちは装いのマナーや、フォーマルな場でもデザイン性を取り入れられるポイントなどを提案しています。
例えば、「襟を正す」と言うように婦人用スーツにも襟は必ず必要ですよとか、この生地でしたら皺になりませんといったことですね。同じ取締役職でも金融業と製造業では見せ方も違うので、お客様のご要望やTPO、職種に応じて考えます。これはファストファッションにはできないことの1つでしょう。
青木 僕は、さまざまな企業からご依頼をいただき、営業担当者の成績優秀表彰の司会をよくやるのですが、どのような組織でも表彰される方はスーツの着こなしがビシッと決まっています。それを目の当たりにすると、着こなしや見た目が相手に与える印象は全然違うということを実感できます。
アナウンサーの仕事においてスーツは戦闘服だと思ってきました。着こなしが持つ意味合いや相手に与える印象は、信頼できる人に聞くのが一番です。着ている服が相手へのメッセージになるという側面は女性にもありますよね?
渡辺 そうですね。コージアトリエではいつも3つのSをキーワードにしています。清潔のS、誠実のS、信頼のSです。この3つが身に付ける人に備わるように、接客ではいつも洋服でお手伝いができることを考えています。
青木 その3つのSはアナウンサーにとっても大事です。
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隅谷 彰宏(すみたに あきひろ)
テイラーアンドクロース代表取締役。
2017年慶應義塾大学大学院システムデザイン・マネジメント研究科修士課程修了。創業75年を誇る赤坂の老舗テーラーでスーツの仕立てを手がける。