【三人閑談】
忍者とはなんじゃ?
2024/10/21
忍者×学問=地域創生
原 三重大学にはどういう経緯で忍者・忍術学コースができたのですか。
高尾 大学の執行部が各教員に「忍者の研究をやらないか」と声を掛けたと聞きました。国立大学の役割の1つに地域貢献大学という枠組みがあり、「三重大学では忍者と海女で盛り上げていきたい」と。そこで最初に、中世史がご専門で宗教史や怨霊の研究もしておられる山田雄司先生に働きかけたそうです。
山田先生を説得するために、伊賀上野の伊賀流忍者博物館が所蔵する古文書を紹介したらしいのです。「では、時間を見つけてやってみます」という感じになり、山田先生の忍者の研究が始まりました。すると、それまで研究書があまりなかったことで研究がどんどん進み、評判が高まっていきました。
そこに国文学の吉丸雄哉先生も加わり、2017年には国際忍者研究センターを設立する計画が持ち上がりました。私はその時に偶然忍者の史料を見つけ、専任教員の公募で今の職に就きました。
原 これまでの歴史学は、観光のために研究するのはタブーとされてきましたよね。でも、おそらく今後はそうしたことも考えていかなければいけないのでしょうね。
高尾 そうですね。研究が世の中の実利に引っ張られるのは論外でしょう。とは言え、無関係でいいかというとそういうわけでもない。人文系や社会科学系の学問は、フィールドワークや事例研究が研究の質を支えているところもあります。現地に出向いて人の話を聞き、地域の実情を把握する。そういう活動が、今風に言うと地域創生のきっかけになる可能性も含んでいますね。
原 東北六県の国立大学は人文系の研究職の定員が減り、理系に取って代わられている現状があります。研究の価値が示せないと生き残っていくのが難しくなっています。
高尾 忍者・忍術学コースでは理系の研究者とも一緒に研究しています。忍術書には我々古文書読みにはよく分からないことが書いてあります。例えば食品や火薬、あるいは天気といったことです。そういうことに精通している理系の先生たちと研究できるのは歴史研究にとって大きな利点です。
原 修験者の研究は人文系の人しかやっていない領域ですが、忍術と同じように天文学や火術、薬草のことも関わってきます。ですが、こういうものはおそらくほとんど研究されていません。
薬草と言うと、各地に伝統薬があります。伊勢・朝熊の「萬金丹」や、木曽の御岳の「百草丸」、奈良の「陀羅尼助丸(だらにすけがん)」などですが、実はこれらの成分はほとんど似ています。こうした薬は交流があったからこそ、薬草の知識が共有されて生まれたものと考えられます。
高尾 あれは何に効くんですか?
原 すべて胃腸薬です。
高尾 では、漢方的には効く薬なのですね。そういうものの成立を医学と歴史学の両面から研究するのは面白いかもしれませんね。
忍者として、ガチの研究者として
原 凛さんは今、忍者隊の活動とともに、忍者学の研究も続けておられれるのですか?
凛 さようですな。研究者のデータベースresearchmapも「凛」で載せており申す。
高尾 苗字がないresearchmapは見たことないのですが、つまり凛さんは、こういうペルソナで世の中とつながっているということですよね。学内の修士論文も「凛」として忍者の装束で発表されました。
凛 やはり常(つね)の形(かた)(普段の姿)ではちいと……。
高尾 それで2つも賞をもらえたのだから、三重大学も懐が深いよね。
凛 ほんにそう思い申した。
高尾 国際忍者学会でも「凛」として発表されましたよね。
凛 さようですな。それこそ忍者隊のもう1つの拠点にセントレア(中部国際空港)がござり申して、そこで学会が開かれた際に拙者も「鳥取藩御忍の成立と展開」という題で登壇致し申した。実はその発表直後のプログラムなるものが忍者隊のショーになっており申して……。
高尾 偶然そうなったんですよね。
凛 拙者の発表が終わって演壇をタタタッと降り、その後すぐ舞台に上がって、音楽が鳴ったと思うと忍者ショーが始まる……。わけが分からんのじゃが(笑)。
高尾 新しい研究者の形でしょう(笑)。研究職の一般的なキャリアは学会で発表して、その後、大学などに就職する道があるわけですが、凛さんは観光PRの人がその手段としてガチの研究をしている。今は査読論文を書いているんですよね。
凛 さよう。書いており申す。
高尾 原さんも僕も大学院を出てわりと一般的な研究者のステップを踏んできたけれど、これからはいろいろな人が出てきそうですね。慶應のSFCも人材豊富ですよね。
凛 さようですな。やはりそれだけの向上心と申すか、何かをしたいという気持ちがある者はぎょうさんおると思い申す。
高尾 SFCにもぜひ凛さんを呼んでいただいて、「こういう生き方もある」と伝えてほしいと思いますよ。現世のペルソナから離れて、今は「凛という忍者」として生まれ変わった。近世の忍者がよみがえり、458歳の霊魂が乗り移って新しく生き直そうとしている。人気商売ではあるけれど、いわゆる起業家精神を養うSFCの学生さんにとって生き方の参考になるんじゃないでしょうか。
ブレイクする日本のNINJA
原 凛さんは、他の地域の忍者の方々とも交流があるのですか。
凛 さようですな。我が隊は忍者隊にござり申すが、現世にはなぜか、各地でよみがえられた武将様方もいらっしゃり申す。例えば肥後国、熊本であれば「熊本城おもてなし武将隊」、我が隊と同じく名古屋城を拠点とする「名古屋おもてなし武将隊」、名古屋城を出てすぐ、金シャチ横丁で活動する「あいち戦国姫隊」や「忍者隠密隊」、そういう全国的な動きがあり申す。我らのようによみがえった武将や忍者が、年に1回、愛知県は大高緑地で「サムライ・ニンジャ フェスティバル」なる催しで一堂に会して、殺陣あり歌あり舞ありの演武を披露致し申す。
そこにはわっぱがよう遊びに来る。忍者が好きなわっぱは多いようで、拙者はよみがえって8年目になり申すが、忍び装束で遊びに来るわっぱがほんに増えた。軽業(アクロバット)を真似したい! と。やはりエンタテインメントなるものとしての忍者になりたいのでしょうな。故に、そういう催しは各地で開催され、増えており申す。おそらく、この10年くらいですかのう。
高尾 新しい観光PRの形ですよね。先駆けとなったのは「名古屋おもてなし武将隊」の大ブレイクで、その後、他の地域でも結成されました。
凛 東北には「奥州・仙台 おもてなし集団 伊達武将隊」がござり申すな。
原 米沢にも「やまがた愛の武将隊」があります。
高尾 忍者はインバウンドにも人気ですよね。
凛 異国の者はほんに「忍者、忍者」と言ってくれ申すな。名古屋城は今ほとんどのお客人が異国の者であるが故に、「本物の忍者か?」とよく訊かれ申す。「さよう。写し絵を撮るか?」と言って、一緒に写ると割と喜んでくれ申すな。
高尾 ステレオタイプかもしれないけれども、日本のことを知ってもらう良いきっかけにはなりますね。
凛 さようですな。我が隊も異国に遠征に行っており申して、英国やタイ王国、韓国などに出陣して忍者ショーも致し申した。どこで知って来るのか分からないほど、皆、「忍者」という言葉を知っており申す。
一大推しカルチャーへ
高尾 こうした観光の新しい動きを、三重大学の国際忍者研究センターでも追いかけています。例えば、名古屋おもてなし武将隊を追いかけるファンは「家臣」と呼ばれます。その界隈で交わされる俗語ですね。忍者隊のファンは「お客人」?
凛 いや、決まってはおらぬ。自然発生的なもの故に……。お客人から「忍者隊を推しておる我々を何と称せばよいか」と訊かれることはあり申す。共同体意識があるからこそ言ってくれるとは思うのじゃが……。
愛知の岡崎には「グレート家康公『葵』武将隊」がござり申して、そこではファンを「譜代(ふだい)」と呼んでおり申す。しかし、我ら忍者は近世においては下級武士であったが故に、お客人を「家臣」や「譜代」と名付けるのもどうも気が引ける。我らは武将様方が通る時、かしずかねばならぬような下級身分。我らを推してくれるのはうれしいのじゃが、やはりこのような身分で、客人の呼び名を決めるのはちいと……。
高尾 そういうスラングが飛び交うほど、忍者は今“推し活文化”に取り込まれつつあるということですよね。最初に観光PR隊ができた当時は画期的でしたが、お客さんが訪れ、“推し活文化”が生まれ、スラングが飛び交うようになり、海外の方も入ってきた、という流れですね。
凛 さようですな。ありがたくも昔から拙者を推してくれていたわっぱが、今はもう高校生になり申した。その者も歴史に興味がなかったそうじゃが、最近は拙者がやっておる学問的なことも気になってくれておるみたいで、「忍者に興味が出てきたから勉学したい」と言ってくれ申す。
高尾 凛さんにはすごく熱いファンが多くて、YouTubeを見て彼女を知り、新幹線に乗って名古屋まで会いに来た人もいるんです。
凛 ほんに皆催しなどがあるたび、「高速の鉄籠」(新幹線のこと)に乗って、全国各地からよう来てくれる。
高尾 観光するというよりも、観光PRをしている武将隊や忍者隊の人たちに会いに来るんですよ。
凛 われらが遠征すると、遠征先にも別の地域の者がわざわざやってくることがあり申すな。
高尾 なかなか想像がつかないかもしれませんが、ほぼアイドルなんですよ。ファンの規模も大きい。だから、新しい動きが起こっているんでしょうね。観光PRをしている武将隊と忍者隊そのものが観光資源になってしまっているという部分もあるということですね。
(2024年8月14日、オンラインにて収録)
※所属・職名等は本誌発刊当時のものです。
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