【三人閑談】
カワセミの棲む街
2024/05/10
高級住宅街が好き
岸 カワセミは何となく清流でアユを食べているイメージがあるけど、あれは嘘かもしれないね。そういうのもいるだろうけれど。
大田黒 私は都会にカワセミがいることも、水抜き穴を巣に使っているらしいことも、うすうす知っていましたが、こんなに使っていて、かつ餌がこんなにもあるのは驚きです。
本当にうちのほうよりも棲む環境というか、労力的な面が楽ですよね。うちのほうがたぶん餌を捕るのが大変だと思う。
岸 「都市なのに暮らしている」のではなく、あえて言えば「都市だからどんどん繁栄している」。そういう都市鳥になってしまったんです。
柳瀬 東京の都市河川は、今は下水道が発達したのですごくきれいになっています。しかし、ほとんどの生き物は1回絶滅してしまったために、在来種の魚が少ない。結果、外来種が目立ちます。でも餌になれば、カワセミは選り好みもしない。
東工大の近所の洗足池のカワセミは、池に大量繁殖しているブルーギルの子をバンバン食べています。
岸 でも、カワセミは日本の魚を食べる子だから、外国の魚やエビを食べているカワセミは日本の子ではないというようなことを言う人たちがいて。
大田黒 そんな人がいるんですか。発想が面白いな。
柳瀬 中華料理を食べたら駄目なのかなと(笑)。
あともう1つ、東京のカワセミですごく面白いのは、カワセミは川とため池のような、止水と川の両方を行ったり来たりしていますよね。
大田黒 そうですね。
柳瀬 調べてみると、都心でカワセミのいる場所は地形のパターンが決まっているんです。東京の西側は武蔵野台地があり、台地の下にものすごい帯水層があるんですよ。標高50メートルぐらいのところで、それがあちこちでボコボコ表面に出てくるんですね。それが井の頭公園や石神井公園です。
ここにポコポコと出てきた結構大きい湧水が川となって流れていく。石神井川や白子川、神田川、目黒川など、東京の都市河川は全部そのパターンでできています。さらに川が削った崖のところでまた湧水が出てきて小流域源流ができます。この小流域源流が東京都心ではだいたい公園や緑地、皇室の土地になっているんですね。だから都心のカワセミは、公園の中の湧水と川がセットになったところで暮らしているんです。
大田黒 なるほど、そうなんですね。
柳瀬 神田川だと、すぐ横に例えば椿山荘や肥後細川庭園があります。ここは小さい谷ができていて真ん中に湧水があるんです。こういう場所は旧石器時代から人が暮らしているところなんですよ。要は湧水地は人が暮らしたいところなんです。
人は水場を求めますよね。そしてそこから川が流れていて生き物を捕まえられるので、旧石器時代から近代まで湧水のある緑地で暮らしてきた。その湧水の目の前には必ず都市河川があるんですね。面白いのが、実は現在も超高級住宅街がその湧水の周りにあることです。
大田黒 一等地なんですね。
柳瀬 そう。高台の縁にあたります。麻布台の有栖川公園のところだったり。一番は皇居です。慶應のある三田の周辺もそう。白金台の自然教育園、目白台、田園調布、成城学園など、高級住宅街にカワセミが生息できる場所が多い。小流域源流の湧水地を中心にできた集落が東京の高級住宅街で、それはカワセミの好きな場所でもあるということです。
水抜き穴の巣は快適?
柳瀬 1990年頃までは川が汚染されて生き物が死滅したから都心の川にカワセミはいなかった。一方、1980年代から先に明治神宮や白金自然教育園や皇居にカワセミは戻ってきているんですが、それはきれいな湧水があって魚がいたからです。その後に川がだんだんきれいになり、湧水にいた子たちの中から、都市河川でマンション暮らしを始めるのが出てくる。
意外だったのが水抜き穴で繁殖する生態を記載した論文があまり見つからなかったこと。数少ない論文が、黒田清子さんが皇居や白金自然教育園にいたカワセミが2010年代に皇居の近くの水抜き穴を使ったと記載されていたものですね。
大田黒 カワセミの巣の中はふんや食べ残しがあったりして汚いので、毎年巣穴を掘ると聞いています。その水抜き穴を毎年使っていると、中がえらいことになっているのではないかと思うのですが。
岸 水抜き穴はいっぱいありますから。
柳瀬 C川の場合、去年使ったのを翌年も1カ所使っていますが、春と夏では別の巣穴を使っていました。他の川では毎年変えています。
大田黒 では、ローテーションを組んでいると。
柳瀬 そうだと思います。去年、1日追いかけて見ていたら、朝から晩まで2羽で延々1キロ半ぐらい、穴をずっと探しているんですね。しかもトラップ用の穴をもう1つ用意して、こちらでも育てているふりをして天敵をだますケースもあると。
大田黒 そうですか。オオタカみたいですね。
うちのほうもボコボコ泥の崖に穴は開いている。開けるときは泥の崖に突撃して、オスもメスもすごくにぎやかに鳴きますね。
柳瀬 キョキョキョキョって、高い声で。
大田黒 そんな感じです。オスが穴づくりをやっていて、メスは何かさかんに鳴いていて。
岸 メスがあおるんですよ。枝の先に2匹並んで、行きなさいよと。するとオスが突撃する。メスはお囃子していて、気に入らなくなると、プイッとどこかに行ってしまう。
大田黒 実はうちの近所でも泥のところもあるのに、わざわざ水抜き穴を使っているみたいなんですよ。調整池に2つがいいて、1つは土の巣穴で、もう1つはどうも水抜き穴を使っている感じがします。
柳瀬 私は実家が浜松ですが、全く一緒です。川沿いに土壁があって穴を開けられるのに、どうも水抜き穴を使っている。水抜き穴のあるコンクリート壁の下のほうが餌捕りも楽なんですね。巣の下にオイカワの稚魚がいて、もうバンバン捕れる。
岸 水抜き穴の後ろをどう施工するかがあるんですね。穴の後ろに砂利を入れる工法がありますが、砂利を入れられてしまうと巣を広げられない。でも、土のものだったら広げられるじゃないですか。カワセミ自身がもう水抜き穴が楽だという文化を身に付けてしまい、それが広がっている可能性もありますね。
柳瀬 都市河川は水深が10センチくらいしかなくて目茶苦茶浅いんです。でも、その浅さでもちゃんと加減して入水して餌を捕る。
岸 そういうところは斜めに入るのでしょう。真っすぐ入ったら衝突してしまう。
柳瀬 あとは低いところでホバリングしてパッと捕ったり、すごく器用なことをやっています。
大田黒 熟練しているというか、ちゃんとやり方があるんですね。
柳瀬 場所によってたぶん飛び込み方も変えていますね。ちゃんと都市の子になっています。
岸 数千年すれば遺伝的な習性も変わっていくだろうと思います。
都会で増える猛禽類
柳瀬 大田黒さんの『鳥(はっけんずかんプラス)』(GAKKEN、上田恵介監修)を見てすごく楽しかったのが、いろいろな鳥の中でカワセミだけが複数のページに登場するんですよね。まず、町の鳥として冒頭に出てきて、それから里山の鳥としても紹介されている。
大田黒 これは私が追加してもらったんです。カワセミを入れましょうよと言って。
柳瀬 里山のほうはオーソドックスなカワセミの感じですね。田んぼのヘリのところにいて。
大田黒 うちはこんな感じです。
柳瀬 面白いのは、カワセミだけではなくて街中に猛禽類が増えてきている。特に目立つのが日本最小のタカ、ツミです。うちの近所の公園では、去年は本当に人間のいるところから5メートルぐらいのところで、普通に子育てをしていた。
大田黒 東京は猛禽が結構いますね。
柳瀬 カワセミのいる椿山荘の上は、オオタカがしょっちゅういる。今は餌が多いんですね。
大田黒 ハトがいますからね。
岸 ハトとワカケホンセイインコ。
大田黒 東工大(大岡山キャンパス)に、たくさんいますよね。
柳瀬 もともと大岡山キャンパスに1960年代後半からいついた子の子孫が、2015年までに3千羽ぐらいになり、銀杏並木にインコがなって、うるさいんですね(笑)。
ところが、2016年に散り散りになってしまった。どうも多摩川のオオタカとハヤブサが目をつけて、狩りに来たため、インコは都内に分布を拡散させた。さっきも慶應三田キャンパスで見かけました(笑)。
大田黒 羽を拾いたい(笑)。
岸 僕は小さい頃、1950年くらいからずっと鶴見川の景色を見ていますが、1990年ぐらいまでオオタカが鶴見川の上を飛んでいるのは見たことがないです。それが90年代に入り突然増え始め、ドバトやコサギなどを食べている。
1つの要因は、ちょうどその頃に戦後植林されたスギ、ヒノキなどの針葉樹木が直径3、40センチになり、巣がつくれるようになったことがあるでしょう。あとは、やたらにドバトが増えた。そしてコサギやゴイサギも増えて餌が増えた。
昔に返ったのではないんですよ。昔は何もいなかった。都市化してから来ているんです。日吉キャンパスにツミが来たのは2001、2年です。蝮谷(まむしだに)のテニスコートの脇のモミのてっぺんに巣をつくり、カラスを撃退していました。
大田黒 ハイタカもいますよね。
柳瀬 ハイタカのほうが少し早かったかな。ノスリは町田の奥に時々います。
大田黒 新宿御苑にもいました。
岸 ノスリは割とどこにでも見られますね。僕はツミもオオタカも都市鳥になったと思う。チョウゲンボウなど、大きい体育館などに2つがいも3つがいも巣をつくっています。
柳瀬 最新の鳥の図鑑ではオオタカ、カワセミは都市鳥となっている。たぶん2000年代の頭だとそうではなかったと思うんですよね。
大田黒 オオタカの巣があったら、建設計画を即止めるという感じでニュースになりましたものね。
柳瀬 猛禽ではないですが、カイツブリも今は神田川とかに普通にいます。
岸 カモやカイツブリなど、いわゆる水の上を泳ぐような鳥は、全く違う事情があるのです。日本人は、水がきれいになればなるほど鳥の種類が増えると思っていますけど、そんなことはないんですよ。
環境ごとに最適汚れ度があるわけです。例えば鶴見川の綱島あたりだと、1990年頃が渡りをするカモやカイツブリなどカモの類の種類数がいちばん多く、今は2、3種類しかいなくて激減している。なぜかというと、水がきれいになってしまったから。
かつて下水処理が完備されていない頃は、家庭用のディスポーザーで野菜を粉砕すると、その野菜くずを目当てに雨の時、支川と本川が合流するところに、オナガガモなどありとあらゆるカモやカモメが集まってきたものですが、今は何もいない。来るのはオオバン。なぜ増えたのかよくわからない。
都市の生物の多様性は、鳥だけで見ても、単純な思い込みを壊してくるのが面白い。生態学の新しい時代の演習場のようなものです。
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