三田評論ONLINE

【三人閑談】
カワセミの棲む街

2024/05/10

  • 大田黒 摩利(おおたぐろ まり)

    イラストレーター&ネイチャー系絵本作家。短大時代から野鳥観察を始める。主な作品に絵本図鑑『鳥のくらし図鑑』『鳥(はっけんずかんプラス)』『つばきレストラン』等。茨城県つくば市在住。

  • 柳瀬 博一(やなせ ひろいち)

    東京工業大学リベラルアーツ研究教育院教授。
    1988年慶應義塾大学経済学部卒業。「日経ビジネス」記者等を経て2018年より現職。著書に『国道16号線』『カワセミ都市トーキョー』『親父の納棺』等。

  • 岸 由二(きし ゆうじ)

    慶應義塾大学名誉教授。
    1976年東京都立大学大学院理学研究科単位取得退学。博士(理学)。NPO鶴見川流域ネットワーキング代表理事。著書に『利己的遺伝子の小革命』『生きのびるための流域思考』等。

東京のカワセミを観察する

柳瀬 僕も東京のカワセミは2021年に初めてちゃんと観察をし始めたのです。その結果を踏まえて近著『カワセミ都市トーキョー』を出しました。「いる」という話を聞いていたんですけど、真面目に見たことはなかったんですね。

 カワセミの生育環境が都市でどんどん有利になって増えているのは間違いないですね。都市の自然というものを、カワセミをきっかけにして、もう1回、見直さなければいけないと私は思っています。

柳瀬 コロナでどこにも行けないので、都心を流れる自宅近所のA川のコンクリート3面張りの都市河川を歩いてみたのです。こうした人口河川は生き物にとって暮らしにくいと教科書に必ず出ていて、カワセミが暮らせないとも昔は言われました。コンクリートだから巣穴も掘れないと。だから私も「カワセミがいる」という目で見ていなかったんです。

それが5月のある日に歩いていたら、「カワセミがいるよ」と近所のおじさんが指さしてくれた。A川の次にその上流のB川、そして大学への通勤途中のやはり都市河川のC川の3カ所を観察したら、すぐに見つかったんです。繁殖の始まりのシーズンでカップルができていた。

ただ餌を運ぶ巣は、最初の1年は場所がわからなかったんですよ。

大田黒 巣はどこだったんですか?

柳瀬 コンクリート側面の水抜き穴です。最初はまさかそんなところが巣だと思っていなかったのです。近所の緑地の土手のどこかに掘っていると思っていたんですね。

A川ではお父さんが主にヒナの面倒を見ていた。ここはお母さんが割と冷たくて、お父さんがワンオペに近い形で餌をあげてました(笑)。

C川は、桜のシーズンだとものすごく大勢の人が出るところですがその真っ最中にも普通にいました。そのうち川のコンクリート側面に白い糞が付いていればカワセミがいるというのがわかるようになりました。

大田黒 餌は主に何ですか。

柳瀬 A川はボラと外来種のシナヌマエビ、B川はシナヌマエビ、C川は汽水性のスミウキゴリがほとんど。東京のカワセミは川の生物多様性が低いので偏食せざるを得ないんです。

 都心の河川は純淡水魚が、1960年代に川の汚染で一度全滅してしまっている。だから、海から上がってくることができる魚しか生息できないのです。ボラが典型的ですね。

スミウキゴリというのはウキゴリという名前のハゼですが、5月から6月頃、3、4センチぐらいの稚魚が何千匹という集団で川を上がってくる。特に東京のコンクリート3面張りのような川が大好きなんで、いくらでも餌として捕れてしまう。

柳瀬 みんな狙いすまして、ご飯、ご飯と取り合いになるんです(笑)。

 ボラは速く泳ぐから捕るのが難しいでしょう。でもスミウキゴリは川底にへばりついて移動しますから、もう楽勝で捕れる。

大田黒 うちのほう(茨城県つくば市)より状況がいいかもしれない(笑)。

柳瀬 そうですね。B川は比較的上流で、海と分断してしまっているので魚が全くいなくて、放された外来種、シナヌマエビとアメリカザリガニしか餌がない。

 オタマジャクシはいない?

柳瀬 川なのでいないですね。近所の池にモツゴ(クチボソ)はいます。都心は池にモツゴが結構残っている。

 「バケタマ」と呼ばれるウシガエルのオタマジャクシ。カワセミはあれが大好きなんです。小網代(こあじろ)(三浦市)ではそれを捕っていました。

飛翔するカワセミ(撮影 柳瀬博一)

カワセミのタワマン暮らし

柳瀬 東京都心でカワセミを観察していて意外だったのは、図鑑などによく出てくる従来のカワセミがいる自然環境の図と異なり、コンクリート3面張りの川で繁殖しているということ。そして人を全く恐れなくなっているということ。

それと、餌は日本本来の淡水魚でなくても、偏った食の環境でも毎年きっちり子どもを育てているということ。つまり、明らかに都市環境に適応しているのが、今の東京のカワセミの特徴なんです。

 僕も昔、カワセミの観察を年中していましたが、1950年代後半、鶴見川下流の低地には二ヶ領用水という水路の断片があちこちに残っていた。木杭で直立の2メートルぐらいの板の護岸が崩れているようなところにザリガニが大量にいて、それを食べにカワセミが来ていました。

ところが、そこから2、3キロ中流に行くとカワセミは一度も見たことがなかった。その頃の鶴見川はまだ自然河川だから、護岸が直立していなくてなだらかで、オギやアシが生えている。するとカワセミが巣なんかつくれない。

ところが今、同じ中流の横浜市港北区綱島に、カワセミが年中いるんです。浚渫をして護岸を直立にしたからです。3メートルぐらいの泥の壁に巣をつくっている。川を人工化したら綱島にも帰ってきた。

柳瀬 A川では高さ10メートルのコンクリート壁の水抜き穴の奥の巣に餌を運びに入っていきます。

大田黒 食住が近くて幸せですよね。うちのほうはため池があり、そこで餌を捕るんですが、周りに適当な土がなく、かなり遠くの巣まで行ったり来たりしています。

柳瀬 東京のカワセミはある種タワマンに暮らしていて、1階で中華料理とハンバーガー、つまり外来種を食べている生活なんです(笑)。

A川では落ちている自転車が漁礁になり、ここに魚とエビがやたら集まり、カワセミのお気に入りの餌場です。一見汚いところが好きで、大体シナヌマエビを捕っている。そしてその真上に1メートル半ぐらいのアオダイショウがいます。

 時々カワセミのヒナを食べているんだろうな。ヘビとカラス。あと、水に落ちてしまえばコイが狙う。

柳瀬 スッポンも普通にいます。ほぼ野生の王国のような状態です。

大田黒 認識変わりますねえ。

柳瀬 そうなんです。僕も岸さんと40年近く、自然豊かな小網代や鶴見川の源流域を見ていたので、都心の自然そのものは近くにいながら意外と見ていなかった。ところが近所を見ると、無茶苦茶面白い(笑)。

 無意識に、都会の世界はこういうものだと決めているから。ここにはいるはずがないと思っていると見えないけれど、いるはずだと思うとどんどん見つかってしまう。

柳瀬 三田のそばの古川も四之橋にしょっちゅうカワセミが来ています。近くの有栖川記念公園の池にもいます。本拠地は白金の自然教育園で、あそこに暮らしているのが出張している。

 昔は金魚屋さんに行って金魚を食べていたんでしょう。

柳瀬 六本木ヒルズがあるところはもともと崖地で湧水があり、有名な金魚屋さんがあったんですね。白金自然教育園の矢野亮さんというカワセミの有名な研究家の方が書いていましたが、いつも赤い金魚を捕ってくるので調べたら、六本木の金魚屋さんからだったと(笑)。

大田黒 金魚屋さんもたまらないですね。

水抜き穴の巣に餌を運ぶ都心のカワセミ(撮影 柳瀬博一)
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