三田評論ONLINE

【三人閑談】
Jazz Moves On!

2023/07/25

アドリブの妙味

中川 私はジャズはやはりアドリブ、即興演奏が肝かなと思うのです。幹さんは即興も得意とされていますね。

井上 得意かどうかは置いておいて、本当にその瞬間に音楽に入り込めれば一番楽しいですよね。

アドリブというのは不思議で、もちろんそのとき感じたことを、周りの和声に合わせてどうやって表現していくかという、アート的側面もとてもあるのですが、一方ではスポーツ的、コンペティションな側面もある。どちらのアドリブがすごいかを交互にやってバトルしていくような。

いわゆるビバップ時代のジャズはそういうことがすごく苛烈に行われていたと思うのです。アドリブが持つアート性と競技性みたいなところを自由に行き来できるダイナミクスは、ジャズの面白いところかなと思っています。

服部 ぶつかり合いですね。

井上 そうなんですよ。一見、スポーツと音楽は関わりがないように見えて、すごく関係あるなと思っています。

スポーツの競技性と肉体や所作の美しさみたいなところと、ジャズで言うアドリブの競技性とアート的側面のダイナミクスは、とても似ている。スポーツと音楽は、ジャズをやっている人間からするとしっくりくる組み合わせで、アート性も競技性もあって、精神的にも肉体的にも高め合うような力があるという共通点があると思っています。

服部 スポーツもアートですよね。トップクラスに行くとほとんどメンタルですから。

井上 トップアスリートの方のインタビューの気持ちやメンタリティの話はミュージシャンにも通じることがあるなと非常に感じます。ジャズのアドリブというのは、そういうあらゆるものを包み込む、すごくダイナミックな営みだと思います。

中川 それでいて独立自尊なところがないとだめですし。

服部 もうお亡くなりになりましたが、前田憲男さんという有名なピアニスト、編曲家の方は、あるジャズピアニストとバトル、競争したと言っていました。

前田さんが10秒ぐらいアドリブでワワッと弾くと、こちらがまた10秒。弾けなくなったら負け。何時間やったんですかと言ったら、4、5時間ぐらいやりましたと。

デュアルワークという選択

中川 私が井上さんを新しいと思ったのは、義塾を卒業された時に、会社員になることを選ばれたことです。最初から会社員と音楽家の、二足のわらじ、今の言葉でデュアルワークを選択された。

井上さんの時代ぐらいから、塾生に、「主楽器は何ですか」と聞くと、「コンピュータです」と堂々と言う人が出てきた。コンピュータで音楽をつくること、そしてDAW(Digital Audio Workstation)などを使って音楽をつくることが一般化したんですね。

井上 僕の場合、自分が当初やっていた音楽は、クロスオーバーやジャズだったので、プロとしてそれで生計を立てるには市場規模が小さいなと正直感じていました。

大昔は市場規模が小さくても、アートとして価値があれば、パトロンがいて、その人たちが生計を立てさせたこともあったと思うのですが、最近はマスをとれるものが音楽のプロになると思うのです。でも、自分がやりたいことは、マスを取れるわけではないな、という確信があって。

中川 なるほど。謙遜ではなく。

井上 そうですね。かつ、自分がやっていることにパトロンがつくこともないだろうなと。ですから自分が自分のパトロンになるという感覚で、会社員で生計をたてる一方、音楽は自由でありたいという道を選んだんです。

中川 ビジネスマン・井上幹がミュージシャン・井上幹のパトロンになる。どちらが主というわけではないんですね。

井上 そうですね。やはり生活というのは全ての基盤ですから。そこを投げうって、自分の好きなことだけをやるのは、自分には合っていないと思って。

中川 それ、新しい考え方ですよね。慶應の音楽家志望の方には割と向いた考え方だと思う。

服部 今はそれが許される時代ですから。昔は企業で作曲家として活動される方は本当に少なかった。『シクラメンのかほり』をつくった小椋佳さんくらいですよ。あの方は旧第一勧業銀行。最後は本社の部長で、地方の支店長もされました。

井上 もちろん会社が変わってきたというのもありますし、音楽に関しても、先人たちが積み重ねた知識のようなものがまとまってきて、それを吸収するのが、僕らよりも若い世代は速くなったということもあります。どんどん学習の時間が短くなっていくのです。

ですから働きながら音楽をつくる時間が、運よく確保される世代になりつつあるのは実感しています。

中川 ゲーム会社に就職されたわけですが、会社でも音楽をつくろうと思われたのですか。

井上 僕が就職したグリーという会社は、当時儲かっていたので新規事業をやる資金が潤沢にあると思っていたんです。15年前はSpotify とかApple Music はなかったので、新しいWebの音楽サービスをやりませんか、と面接で言ったら入れてくれたんです。

だからそういうことをやるつもりだったのですが、社内の事情が変わり、ゲームで使う音楽をつくる部署で、いわゆる効果音をつくる仕事をしています。

服部 お世辞ではなく、WONKさんの音楽はいいですよ。

中川 あの音楽、息抜きになりますよね。

服部 昼下がり、海の前で聞いたりしたらいいですね。

中川 『artless』は合宿してつくられたんですよね。皆で同じ山小屋の中で寝起きして。ともに朝のコーヒーを飲んでつくっていたので、あんなリラックスした感じになるんだと思いますね。

服部 今、本当に癒しが必要な時代ですからね。

音楽は変わっていくのか?

中川 これからどんなメディアで音楽を聞いていくかという話題がよく出てきます。ちょっと怖いのですが、近い将来、脳内チップを入れて音楽を聞くことが可能になる、という話があるのですがどう思われますか。

服部 いや、入れたくないですね(笑)。そういう世界が現実として、イメージしにくいですね。

中川 割と早く実現すると思います。でも、チップが自分のパルスを読んでくれて、「今のあなたのパルスはこんな感じだから、こういうメロウな音楽を聞きましょう」なんて言われたら、ちょっとおせっかいな気がします(笑)。やはり自分で選んでいきたいという思いがある。

あとWONKさんの素晴らしいサウンドもそうですが、生の音楽の素晴らしさというのは、再生音楽、複製音楽とはまた違うと思うんですよね。いくらいい音響装置で聞いても、生で聞いた感動はまた別。あの演奏家と私が一緒の空気を吸っているとか、かいている汗などが感動の要因になるので。生の音楽の素晴らしさは不変です。

服部 やはりライブなんですよね。

井上 はい、それこそアドリブが肝というか、演奏が毎回違うというところに良さがあるんですよね。

中川 そうそう、ジャズではいつも同じことはしない。

井上 同じ曲を聞いても毎回違うし。もちろんジャズスタンダードを歌った場合も、毎回違うフェイクが入っていたり、節回しが少し違うとか、人によって歌い方が全然違うところがライブで感じる面白さなので。

服部 同じ歌手でも、体調によって微妙に声が違ってきますからね。

井上 やはりボーカルというのは人を引きつける不思議な力がありますよね。楽器にはない、根源に訴える力みたいなのがある。

ボーカロイドの音楽を聞いてもやはり声とは認識できないですよね。それは音が違うからというより、もっと根源的に人の声というのは、例えば危険を察知する声とか悲鳴とか、怒っているのか悲しいのかみたいな、根源に訴えるニュアンスみたいなところがすごいと思うからです。

中川 エモーションですね。ヴントの「感情起源説」は、歌の起源説の1つになっています。

服部 情緒なんですね。「あ」とか「い」とか、特に母音の1語の中に悲しみとかうれしさとかが籠められている。

井上 ボーカロイドやAIが、どこまで根源に訴える力を持てるのかは興味がありますね。ボーカロイドと人の声が、将来本当に自分の直感で判別できなくなったら、これはすごいことだと思います。

中川 AIでやる音楽が人を感動させるという瞬間はもう見えています。感動にも度合いがありますので、どこまでこちらの魂が揺さぶられるか。次の日になっても覚えているか。メロディを歌ってしまうかと考えると、これはわからないですね。

井上 自分が歌うとか、自分が演奏するということの良さは結局、身体性を持っているからですね。どんなに人間の声と見分けのつかないAIが出てきても、それは失われないと思うんですよね。

どんなにつたなくても、自分が歌うとか、自分が演奏するという営みにフォーカスされていくのかもしれないですよね。

服部 そうするとライブなんですよ。

中川 では、どんどん歌っていただかないといけない(笑)。

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